2013年7月1日月曜日

朝、出かけた家族が、夕方、無事に出会う。それが平和

昨日の日記のコメントに、次の文があった。「小学校の教員をしています。12年前、修学旅行の平和学習で、小崎さんのお話しをうかがいました。朝、出かけて行った家族みんなが、夕方、また当たり前に、帰ってきて顔をそろえること。それが平和。その言葉、今も胸にあります。長崎の町が好きで、幾度も訪れています」(匿名さん)。12年前といえば、73歳です。まだ原爆の語りべをしていました。話は、こう、です。原爆の朝、お母さんといっしょに起きました。いっしょに朝ごはんを食べました。出かけるとき、「かあちゃん、行ってくるケンね」。お母さんは言葉を返さず、寂しい目で見送った。夕方、家に帰ると、原爆で家は燃え尽き、母は行方不明、「かあちゃん、どこに居るんだ」。叫んでも。返事はなかった。皆さん、修学旅行で家を出てくつとき、「行ってきます」と言ったでしょう。今度、家に帰ってみたら、家がない。家族が居ない、といった、どう、しますか?「マジかよ」。言うでしょう。でも、ほんとうだった。なぜ?簡単だよ。「戦争だったから。戦争は、していけない、誰もが、わかっているのです。それでも、戦争、戦争。絶えることがない。争い、殺し合いを、なくするには、どうしたら、いいでしょうか。人間は、ほんとうに悲しい存在です。母親、クララ、ワサ。45歳で原爆死。68年前の出来事です。(2006年、78歳で、原爆資料館を引退する)