長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2013年7月31日水曜日
東京、6日目。女の子に熱い視線を送る。夕方、長崎へ
2013年7月30日火曜日
東京で、5日目。昭和館で、少年倶楽部や戦争画集を懐かしむ
「東京へ行ったら、何が見たい?」。そう聞かれると、「靖国神社の近くにある《昭和館》だね。昭和1けた生まれだから、昭和という時代の展示を、ゆっくり味わってみたい」。その願いで、昭和館を見学した。以前も、行ったことがある。2度目です。見ての感想は、ザンネンながら満足した展示ではなかった。資料が少ない。昭和10年頃の「出征兵士」から始まっていた。小学1、2年の頃だ。戦中、戦後の「紙芝居」が懐かしい。ここを訪ねたとき、2つの思いがあった。1つは、小学生の頃に読んだ「少年倶楽部」を手にして、見ること。これは、ごらんの写真のように、昭和10年の1月、新年号があった。なんと、380ページに及ぶ豪華な雑誌だった。内容は、少年の心を燃やすような読み物、道徳、物語が詰まっていた。もう1つは、戦争画家たちが描いた戦争の名場面の「戦争・画集」だった。この本も見つけた。1枚、1枚の絵が、いまでも胸を躍らせる。コピーも出来るので、1枚、50円。10枚ほどコピーした。★戦争は2度とあってはならないが、少年の思い出は懐かしい。
東京見物。昭和館はどうだろう?ゆっくり、昭和の年代につかり、少年の頃を懐かしみたいです。
2013年7月29日月曜日
東京で、4日目。グラフの思い出。40年ぶりに記者に会う
2013年7月28日日曜日
東京、3日目。日曜日、ミサの後で、ブログの読者と出会う
2013年7月27日土曜日
東京で、2日目。クチよりも、カラダを動かせ、と老人訓
2013年7月26日金曜日
東京へ、1日目。10年ぶりの赤羽。スゲェ、賑やかだなあ
2013年7月25日木曜日
準備は、万端。あすは、出立か。楽しみながら期待もする
2013年7月24日水曜日
アメリカからの見学客から、2週間後、喜びのメールが届く
2013年7月23日火曜日
介護のヘルパーさん、暖かい家族の愛を、裸の付き合い
入浴介護のヘルパーさんが、風呂に入れながら言った。「ブログを見ましたら、東京行きが近づいて、楽しみがよくわかります」「東京見物よりも、東京へ行って、昔の知り合いに会いたい、それが楽しみ」。すると、ヘルパーさんが言った。「ボクなんか、いつも、こうして会っている。裸の付き合いが出来るけど、東京の人には中々会えない。今度、会う人とは楽しみですよね」。その彼の言葉に、何か、家族的な暖かい愛情を感じた次第でした。「夏休みの一覧表があります。それぞれ赤線で、日にちに印をつけている。自分も付けたい。それで東京へ出かけることにした。介護の人が居るといいけれど、居ないのはザンネン。でも、東京の下村修道士さんが、介護の役目を果たしてくれます。ゲンキで行って来ますからね」。出発が近づいた。衣類を宅急便で、先に送った。帰りに、おみやげ。でも、介護のヘルパーさんたちは、プレゼントや贈り物など貰ってはいけない、規則になっているとか。みやげは、ないよ。でも、この笑い、だよ。2013年7月22日月曜日
環境が、変わらないのが、イチバンの、幸せと思います
日本人の神父さんが、話しかけてきた。「書いた記事を読んでいるよ。沢山、書いてきたね。素晴らしいことだ」「いいえ、駄文ですよ」と応対したが、興味を持ってくれたのは、うれしい。これは、いい話だね、と感じたことを、主に書いてきた。しかし、それでも育てる人がいた。もう60年前になるね。1人の神父さんが、書くように勧めた。騎士誌に載せてくれた。アシジの聖フランシスコの記事だった。なつかしく思いますよ。その後も、育ててくれる神父さんに出会った。これらは、タメになる出逢いだった。人は、育てること、これが大切と思います。だから続けられた。自分の文体で、コツコツと書くだけです。活字になって、校正するときが、いちばん嬉しいですね。楽しみでも、ある。気持ちが、ワクワクします。他人のことを書いても、年月が経てば、家族も変わる。人も変わる。変わらないのが、一番の幸せと思います。若い頃の愛と喜びを、いつまでも持ち続けたいものです。2013年7月21日日曜日
少年の頃の夢は純粋だった。甦らせて、清く残したい
東京・昭和館(靖国神社の近くにある)に行って、何を見たいのか。マンガの「のらくろ」と、「冒険ダン吉」です。両親の出稼ぎによって、北朝鮮で生まれ育った少年は、内地から送られてくる「少年倶楽部」が最高の読み物だった。当時の小学校の先生は、日本の国の状態を、次のように説明した。「日本の国には資源がない。有るのは米と魚だけ。石油がない。ゴムがない。鉄も石炭もない。これでは日本は豊かになれない。繁栄の方法はどこにある?無いままに、貧しく耐えるか。海外へ進出するか、いま瀬戸際に立っている。アジアは既に、欧米の植民地化になった。日本も危ない。海外へ出て行くこと、日本人は誰しも望んでいる」と。その反映が、マンガの「のらくろ」と「冒険ダン吉」だった。のらイヌの黒が、軍隊の一平卒から、さまざまな経験を経て、上官に進級していく。進歩に憧れる。一方、ダン吉は魚釣りに出かけたが、遭難して、南の国に流れ着く。現地の人たちと「仲よくしながら、協力して、王国を築く」。この仲よくが、ミソ。そこには清い夢があった。暴力や、虐待や、殺傷は全くなかった。平成の世、いま昭和館で何が見たいのか。争いや、盗みでなく、少年の頃、抱いていた、憧れていた、その夢を、もう1度、よみがえらせたい。少年の思い出を美しく飾り直して、残したい、それが望みなんです。さて、どんな印象を受けるか。
2013年7月20日土曜日
夢は、トウキョウへ、ふくらんでいる。楽しみだ、なあ
東京へ出かける、1週間を切りました。いよいよか、と思うと、胸がワクワクします。写真は東京・赤羽のカトリック教会です。昔の写真です。懐かしい場所でもある。1970年から、4年間、ここで暮らしていた。思い出も沢山あります。グラフの編集を行なっていた。40年ぶりに、記者の仲間と電話で話をして、会うように約束しました。どんな話が展開するか、大きな楽しみです。また、本所には、95歳の知り合いのダンナさんがいる。オラッショの旅で親しくなり、ご夫妻には大変、お世話になってきた。久しぶりに会うので、これも楽しみです。マンションの屋上から、隅田川の花火が見えるんですね。その他にも、ひそかに期待する楽しみがある。九段坂にある、昭和館です。ここは、昭和の思い出がイッパイ詰まった建物です。以前、1度、訪れたが、もう1度、ゆっくり見学し、昭和の思い出に浸りたい、そういう望みがあるんです。★東京・羽田に着いて、車でお世話してくれるのは、下村修道士さんです。頼みました。快く引き受けてくれました。赤羽教会の日曜日、ミサの後で、ブログ(日記)を見てくれている人との出会いも楽しみです。「来てくれるかな」。おみあげに、手描きの色紙を差し上げます。
2013年7月19日金曜日
回れよ、まわれ。古き時代のセンプウ機よ。素晴らしい
2013年7月18日木曜日
昨夜のウニ釜めしは、おいしかった。修道士さんのお祝いに
2013年7月17日水曜日
個人的な状況説明よりも、万人に通じる生き方の考えを望む
今日は、書くことがなくて、悩んでおります。1枚の絵を描いてみました。子ブタの兄と妹がいる。仲のよい2人だった。いつもヘイワに暮らしていた。そこへ、突然、猪突猛進、イノシシが、突っかかってきた。「あっ、アブナイぞ」と、兄は妹をかばって、横にずらして、ひょっと避けて、無事に助かった。イノシシを追い払ってしまった。負けなかったわけだ。偉い、な、と誰もが思う。誰でも思って、兄妹に、個人的に感心する。それは、そこで留まるならば、状況の説明だけで、終わるんですね。「兄、妹の子ブタは、お互い、チカラを合わせれば、誰をも恐れない」。その奥にあるものを論じれば、もう少し、万人に「生き方」を考えることになる。記事を書くとき、その事を、しばしば思うんです。兄の強さ、妹の優しさ、それだけに目を向けて、終わるのでなく、その奥の、普遍の生き方にまで触れる、いつも、そう思って、至らなさを、悩んでおります。
2013年7月16日火曜日
東京行きを思うと、楽しいです。会いたいです、皆さんと
東京行き、楽しみにしています。28日の日曜日です。赤羽カトリック教会で、午前9時のミサで祈ります。東京で、日本語の勉強をしている「ペトロ・イシトク神父さん」。写真のように、背丈が同じなので、親友になった。「パーテル・ペトロ、アカバネ、ね」。会うようになっています。楽しみだね。ペトロ神父さんに会うと、背丈がいっしょなので、気持ちが重くならない。親しみが湧きます。それと同じです。ブログを読んでくださる皆さん、赤羽、来てください。会えたら、うれしいです。出会いは、神さまの恵みですよ。修道士は、学者じゃ、ない。癒すヒトでも、ない。肩苦しくないですよ。何もないけど、なにかを見つけることが、出来るでしょう。最近は訪れていないが、赤羽は、町の雰囲気が、すっかり変わっていると思います。近くに、気楽な昼の定食屋も、あるでしょう。なんだか、考えただけで、うれしくなります。ペトロ神父さんと、修道士を見るだけで、いいのじゃない。ペトロさんを励ましてください。ルーマニアから、日本へ来て、いま頑張っています。日本語の学校に通っています。よろしくね。2013年7月15日月曜日
毎日、ブログを読む若者が来た。嬉しいよ。励まされるよ
2013年7月14日日曜日
日々、日記を書いて、気になること。カッコよく、つけるなよ
今朝、思った言葉が、これです。「健康、信仰、生き甲斐」。この3つが、いま、浮かびました。やっぱり、これが基本、大切です。ところで、毎日、ブログ(日記)を書いて、思い悩むことがある。カッコよく、書こうと思う、イヤな心です。自分でも、ダメと思います。この日記は、自分の足跡のために書こうと始めました。やっぱり欲が出てくるんですね。ニンゲンって、欲深い存在と思います。もっと肩のチカラを抜こう。疲れないように、シンドクならないように、思いつくまま書くのが、イチバンいいでしょう。★さて、修道士にも、夏休みがあります。もう、ここ何年も、休みに出かけていない。今年は、韓国へ行きましたが、今、体力があるうちに、東京へ出かけてみようと思う。5泊6日の旅です。10年ぶりの東京です。会いたい人もいる。見たいところも、ある。旅行は、お医者さんにも伝えた。そこで、次の、次の日曜日、28日には、東京の赤羽カトリック教会で、午前9時のミサで祈ります。東京の皆さん、一緒に祈りませんか。ミサの後で、声をかけてくれませんか。名前は知らなくても、顔も知らなくても、少しでもお話が出来れば嬉しいです。実りある旅になれば、嬉しいです。思い出として残ります。赤羽カトリック教会は、赤羽駅・東口を出て、すぐ近くにあります。★まゆみさんのコメントへ。お会いできると嬉しいです。2013年7月13日土曜日
気持ちの進展。説明に、写真に、おまけのスイカ。カムサンミダ
2013年7月12日金曜日
動画を見て下さい。資料室、聖コルベの居室、閉じ機へ進む
2013年7月11日木曜日
介護で入浴が楽しい。ゲンキが出るよ。清潔にも、なる
2013年7月10日水曜日
予約の診察日。調子は、どうですか。まあ、なんとかです
早めに、出かける。泌尿器科へ。紙コップに採尿。数値が分かるまで、20分。待合室で過ごす。呼ばれて、診察室へ。「調子は、どうですか」「ええ、まあ」。先日、ステントの入れ替えを行なった。「尿の細胞診は、いくらでした?」「えーと。《1》です」。陰性の数値がつづいている、まずは安心する。「7月の最後の週に、夏休みで、東京へ行くつもりです」「いいですね。次の診察日は、いつ、しましょう?」「帰ってから、お願いします」。3分で、終わった。5年前、BCG結核菌で治療するという。結核で苦しんだ自分が、結核菌で癒される。奇跡や、と思った。それが実現した。ところが今度、60年前に、結核で苦しんで、癒されて、石灰化した所が、剥げて、流れて、つまって苦しんだ。「ああ、なぜ、自分だけが、こんなに苦しむんだ」。悩みは、ありました。アウト、近かぢかを意識した。それでも、イノチをつないでいる。分かりません。「かなしみは、わたし、ばかりでない。みな、もっている。自分で、たえて、いくしか、ないのです」。病院へ行くたびに、生かされているのを、実感します。★理髪店へ寄って、サンパツし、サッパリ、なりました。2013年7月9日火曜日
聖コルベ館。20年前の特製のロザリオ。信仰は神からの恵み
2013年7月8日月曜日
出会いは、勉強。大切なのは信じること、と女性は言った
2013年7月7日日曜日
平和とは、秩序の静けさ。愛されている人に、平和がある
2013年7月6日土曜日
資料室の印刷物を、少し小奇麗にした。愛着がある展示物
2013年7月5日金曜日
初金曜日は、祈りの日です。沈黙を守って、自己反省をする
初金曜日は、心を締める日です。起床から沈黙を守ります。食事のときも、話を交わしません。黙って、黙々として、食べる。時には、黙るのも、いいですよ。人は、よく、「聞いて、聞いて」と、しゃべり過ぎる。時には、「聞きます、聞きます」。黙っていると、いろんな声が聞こえます。鳥の声、風の声、心の声、あるいは神さまの声も、聞けるかも。午前11時過ぎたら、聖堂へ行きます。正午まで、黙想や、祈りや、聖体礼拝などがある。時には、告白も、します。心の清算です。4つの、反省を、します。①神への思い、祈り。②自分の身勝手さ。③隣人へ愛の不足。④日陰のお金、など。過ちを認めて、立ち直る気持ちがあれば、心は、サッパリとなる。★韓国の聖母の騎士会から、単行本「韓国語版・長崎のコルベ神父」が、52冊、届きました。2006年10月に発行された古い本ですが、発行元から送られてきた。聖コルベ館へ置いていると、ぼちぼち、売れるのです。韓国人の見学者も増えているので、買っていきます。聖コルベのマリアへの愛や、苦しみへの忍耐など、聖人は身近にあって、勇気と希望を与えてくれます。2013年7月4日木曜日
雨の長崎です。あわただしい1日。梅雨は未だ明けない
町のクリニックへ薬もらいに出かけます。帰って来たら、午前中は、つぶれました。午後から、入浴の介護のヘルパーさんが来る。お世話になっています。助かります。2年前ぐらいは、入浴に苦労しました。介護師の免許がある修道士さんの助けで、やっと入浴していた。修道士さんが、老人施設に転任。その流れで、介護のヘルパーさんを頼みました。入浴しながらの会話。ヘルパーさんが、「ブログを見ています。近所の中学生も、来る。アメリカからも、来るんですね。こうして介護が出来るのも、ご縁です」など、最近の出来事を会話しながらの入浴も、楽しいです。ヘルパーさんが言った。「自分は子どもの頃から、景色の、絶景を見るのが、イチバンの幸せを感じる。何も考えないで、ただ見るんです。今ですよ。自分の家は、山の上に、家が段々にあって、イチバン上でした。そこからの眺めが、よかった。山が連なっていて、海も少し見えた。どこの景色でも、じーっと、その場で、黙って見るのが好きですね」。それを聞きながら、感動しました。大きな喜びがなくても、いい。小さな喜び、いま、景色を見ている、すばらしいと満足する、その心が尊いじゃないですか。写真は晴れた日に写した介護ヘルパーさんですが、今日は、雨降りでした。★長崎は、雨です、と題に入れていたら、コメントに「前川清」とあった。「ナガサキは、きょうも、アメ、だった」。つい、つい、口ずさむ。2013年7月3日水曜日
いいカオしているのね。何か、ヒケツがあるの?さあ、ね
2013年7月2日火曜日
年老いた病人はベッドで語る。ビデオに収録したポーランド人
昨年(2012年)の9月、ちょうど入院中でした。ポーランドから、2人の司祭が訪ねてきて、話を聞きたいというのです。ベッドの上で、原爆のことから、聖母の騎士のこと、コルベ神父の身代わりの愛など語りました。ポーランドへ帰った彼らは、ポーランド語で、1本のビデオを作りました。ビデオが送られてきた。ポーランド語は分からないが、ポーランド人の感覚で、おもしろい動画が出来ています。見るだけで、いいんです。病人の顔が、いいんです。老人の顔だが、皮膚がすべすべしていて、我ながら、感じが、いいんです。歯が、入れ歯でなく、自分の歯なので、少々気になりますが、自分の歯があるのは、自慢です。勘弁してください。ビデオの長さは、15分です。最後に、こう語っている。「これまで、大きな体験が、2つ、ある。1つは、原爆の、あの悲惨な、残酷な廃墟の丘です、主よ、あなたは居られましたか。その問いかけ。もう1つは、アウシュヴィッツのガス室の手前、部屋に入る前の、10m、30m、50m手前で、まだ殺されるか、分かっていない、不安のなかにある、その場所です。もし自分も同行していたら、問うたでしょう。主よ、あなたは、ここに居られますか。そして今、ベッドの上で、主よ、ここに居られますか。問いかけを、いつも、しているのが、今の、自分です。そう言ってベッドの病人は、黙して、目をうるおさせた。それでビデオは終わっている。1つの思い出になるので、ここに載せました。病人の表情を見てください。 《ビデオは下のアドレスをクリックして下さい。》 http://vimeo.com/65073505
2013年7月1日月曜日
朝、出かけた家族が、夕方、無事に出会う。それが平和
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