2013年2月11日月曜日

155年前、フランス・ルルドの聖母マリアご出現の記念日

太平洋戦争の真っ只中であった。母親が、15歳の少年を聖母の騎士のルルドへ連れて来たのが、人生の道を決した。ちょうど小神学生たちが、10数人、ルルドの聖母に、ラテン語の聖母の連祷を歌っていた。「ああ、いいなあ。あの仲間に入りたい」。人間によっては、子どものときから、宗教へと傾く何かが、あるのだ。その時は、まだ「時」ではなかったが、2年後、母親は原爆で行方不明となり、少年は孤児となった。あのラテン語の仲間に入ることになった。以来、70年。聖コルベのルルドを見詰め、祈ってきた。沢山の恵みもいただいた。フランスのルルドにも度々巡礼も果たした。ある年、聖母の騎士のルルドは、彦山から噴出した山津波によって、大きく流され、地面をえぐり取られたが、幸いにも、ルルドのマリアさまは安泰であった。いかなる水の飢饉にも、水が枯れた年はない。市内はもちろん、県外からも、遠くは広島、岡山からも、車で、水を汲みにきている。★ルルドの意義は、マリアさまが「わたしは、けがれなき御宿りです」と宣言されたことだ。「マリアを通して、イエスへ」を目指していた聖コルベは、マリアさまのイメージでも、特に、「けがれなき聖母マリア」を常に念頭に置き、祈っていた。「けがれなきマリア」に、ルルドと聖コルベの接点がある。★聖コルベはポーランドの修道院で、ナチ・ドイツ軍に逮捕される直前、「わたしは、マリアさまから、天国を約束された」と修道士たちに打ち明けたが、「それは、日本に居るときでした」と付け加えた。日本のどこだろう?ポーランド人修道士の解釈によると、「それはルルドの聖母に祈っていたときではないか」と言う。★原爆で重傷を負った医師・永井隆教授は、ルルドの水で、奇跡の恵みをいただいた。★10時から、記念のミサがあり、その後、ロザリオを唱えて、ルルドへ登った。100人ほどが参加した。