2017年2月25日土曜日

朝日新聞「ナガサキ・ノート」に、集約の掲載

昨日、ロザリオの祈りの時、「電話です」と呼び出しがあった。朝日新聞社からで、「明日の新聞で、『ナガサキ・ノート』から、小崎さんの証言も縮小して掲載します」との知らせだった。
★長崎版に、2008年8月10日から、280人の原爆体験者の証言を連載して、1月で、3千回を超えた。そこで2ページにわたって掲載するが、小崎さんの証言も取り上げた、ということだった。
★今朝は、朝の祈りと、ミサに参加した。その後で、詰所で、新聞を取った。自室で開いてみると、左のように、まとめられていた。「笑顔の別れ、母との最後に」。原爆の日の朝、自宅を出るときの母親との別れ、トンネル工場での被爆、5時間かけて自宅へ戻った時の様子、家は燃え尽き、母の遺体さえ見つからなかった。戦後は修道士となり、「生き残った者のつとめ」と語り部にも取り組んだ、と結ばれていた。
★原爆の丘で、17歳の少年は、正直に思った。「戦争は2度とするまい。負け戦さほど惨めなものはない。もう、こりごりだ」。70年が経過して、我が日本は、なにやら、大きな渦に翻弄されている。いつまでも平和な日本でありたい。戦争の苦労を知っている人は、80代、90代になった。センソウって、大変な犠牲なんだよ。