2015年8月19日水曜日

来たーッ。トマさんと呼びかける者。おお、ゲンキか

昨日の日記で、「トマさん」「トマさん」と呼びかける者もいなくなった、と書いたら、来たーッ、じゃないか。3人の若者が。「おお、めずらしい」。写真の左、これが岡山のうどん屋だった。今井君だ。
★忘れもしない、2011年の12月31日、大晦日の日だった。長崎の聖コルベ館に居たが、そろそろ閉館しようと、準備していると、7人ほどの若者たちが、岡山、神戸から、長崎の案内人も交えて、やってきた。その中の1人が、今井君だった。高二のときに洗礼を受けた。豊田神父さんに聞いた。「どこか、修道服を着て、野球、ボールを打つような修道会はないですか?」「聖母の騎士へ行きなさい」。名言を与えた神父さんだった。
★今井君は、高校の奨学金、108万円を払うために、うどん屋で働ている、と言う。コンベンツアル会へ入ろう。2012年も聖コルベ館へやってきた。司祭になるため、がんばります。爽快な青年だった。「霊名は何んだい?」「パウロです」「名前は?」「裕次郎です」。あの有名な裕次郎と同じ名前と言って笑った。「おみやげも、持ってきたでしょう」「おみやげ?」。すっかり忘れていた。
★2013年5月に、奨学金は払い終わって、すっきりなった。これからコンベンツアル会に乗り込みます、と聖コルベ館へやってきた。カバンをさげて、黒いハットかぶっている。この帽子が印象的だった。「待て、待て。順序がある」。1晩、聖母の騎士へ泊めてを岡山に返した。手続きがあって、その年の9月に待望の入会を果たした。いま東京の修学院で暮らし、上智に通って、勉強している。「ああ、よかったな。ひざしぶりだな。がんばれよ」。はげます言葉はいっしょだ。「歳は幾つだ?」「22歳」。若くて、心は燃えて、元気あふれる神学生だった。
★ところが、写真の真ん中の青年に、これまた、ドラマがあった。人生の出会いとは、ふしぎなものやな、と思う。