2015年3月23日月曜日

[過去と決別」はダメ。イノチある限り、叫びなさい

ホームの広い芝生の淵(ふち)に育った桜の木。芽がふくらみ始めている。愛野で話をする前の日、21日のことです。散歩をしながら、実は、話のことを考えて、気が重かった。「人まえで話をしたのは、去年の夏だった。あれから、いろんな事があったから。不安にもなるよ、ね」。★散歩を終えて、自室へもどると、1枚の手紙が届いていた。東京の女性からだった。「トマ様。22日にお話をなさるそうですね。請われて固辞するところがトマさんらしいけれど、機会があり、健康が許すならば、命ある限り叫んでいただきたいと存じます。以前、ブログで「ホームに入って、過去とは決別」と記しておられましたが、やはりトマさんは修道士の道を歩んだ方ですから。「十七歳の夏」は聖母文庫で読めるけれど、本人の話がいちばん迫力があり、なのだから、コルベ神父をはじめ、天界からパワーがトマさんに送られていることでしょう。間もなく桜の開花ニュースが聞かれることでしょう。桜は鎮魂の花でもあります」。★わかりました。がんばります。応援してくれる人が居るんですね。1枚の手紙に背中を押されて、「行って、きます」。昨夜は、ゆっくりと安眠しました。