2016年11月26日土曜日

聖コルベの身代わりの日は、7月29日です

今回の、修道会管区の集いに、ポーランドからアンデレ・スイカ神父さま(写真・右)が来日されて、長崎で講話を行なった。そのなかに、こういうお話があった。
★今年、ポーランドで開催された「ワールド・ユース・デー」で、7月29日に、ニエポカラヌフで、16か国の若い人のために、48人の司祭が共同ミサを捧げました。朗読は、コロンビアの少女が読み、詩篇を台湾の18歳の男性が歌いました。
★同じ、7月29日、この日は、聖コルベが、アウシュヴィッツ強制収容所に於いて、見知らぬ男性のために、自分の命を捧げる決意をして、餓死牢に入った日です。教皇フランシスコさまは、餓死牢の前の木の下に座って、祈りに満ちた静かなひと時を過ごされました。
★私は、感じることがあった。それは日にちです。身代わりの愛を申し出た日は、7月29日と申された。実は、私も、その日は、いつだったのか調べたことがあったのです。
★コルベ神父さまが身代わりを申し出た日は、定かではなく、「7月の終わり頃か、8月の初め頃」と伝えられていた。はっきり、しなかったのです。
★1993年7月、5度目にポーランドを訪れたとき、アウシュヴィッツ強制収容所の事務所で、記録書を調べた。907ページに及ぶ大書物「KALENDARZ・WYDARZEN・W・KL・AUSCHWITZ」で、次のように記されていた。所長フリッチは、ヘス(司令官)が居ない日だったので、逃亡者のかわりに10人を死刑に選んだ。そのとき、ポーランドの神父、フランシスコ会のコルベ(No・16670)は、フリッチに「私を死のグループに入れて下さい」と頼んだ。家族の将来を心配する人=フランチシェク・ガヨヴィ二チック(No・5659)=のために代わります。