2016年10月18日火曜日

天草から旧友が来る。昔の話ばなしで、盛り上った

日記を書く時間が、夕食後になってしまった。午後から、故・入居者の葬儀があり、その後、熊本県の天草から、幸男さん夫妻(写真・右側の2人)が珍しく訪問にやってきた。
★幸男さんは、昔の聖母の騎士の大神学生です。以前の話だが、終戦を挟んで、5年間ほど勤めた。修道服も着ました。
★懐かしく、まず私の自室に見えて、談笑した。昔の彼の姿も覚えているし、ホームに入居する前は、毎月、オバマ温泉(富士屋さん)へ保養へ行っていた。そのとき、よく天草まで軽で走って、幸男さん夫妻を訪ね、親交を重ねたものです。
★私の部屋の後、西山神父さまを知っている、大曾神父さまも知っている、それで夫妻を連れて、神父さま方を訪問した。お互いに、非常に喜んでいた。それから最期に訪ねたのが、入江さん(写真・左)です。
★幸男さんは、入江さんを覚えているのに、入江さんは彼を覚えていない。戦争中、聖母の騎士に居た2人は、入江さんは満州に従軍し、幸雄さんは特攻兵士となり、それぞれ別れていた。終戦になって2人とも聖母の騎士に戻ったが、2、3年で、2人とも退会した。
★幸男さんの語りで、面白いことがあった。特攻兵士で長崎県の松島に居たとき、上官が「誰か、伝馬船を漕ぐ者はおらんか」と言った。「ハイ」と手を上げた2人がいた。幸男さんと、長崎・神の島出身の兵士だった。「よし、お前たちは、毎日、魚を釣って、食料を提供せよ」。訓練は、せずに自分たちは魚ばかり釣っていた。後で知ったのだが、神の島の者はカトリック信者だった。マル・ヨン艇といって、ベニヤ板で作った人間爆弾だったが、出撃前に終戦となった。イノチ拾いしたわけだ。
★それを聞いて、入江さんも負けてはいない。「いま、天草に、こんな大きなタイ釣りに出かけているよ」と手を広げてみせた。
★今日は、教会では、聖ルカ福音記者の祝日をお祝いして、教会の祈りや、ミサで祈った。修道服を着ると、洗礼名の他に、修道名を新しく付けてもらう。幸男さんの修道名は「ルカ」であった。聖ルカの祝日に、元・ルカが来るなんて・・・。私は、心中、ふしぎやなァ、と思います。日々の生活のなかで、こういう「つじつま」の合う事実があるのが、私は好きなんです。ちなみに、入江さんの修道名は「マキシミリアン」でした。
★お互いに、長生きしよう、ボケないように、がんばろう、と握手して別れた。