2013年10月2日水曜日

60年ぶりに、騎士誌を返します。観想シスターの手紙より。

カルメル会のシスターから、次の手紙があった。「戦争の末期に、ある人が、東京は空襲で危ないと、古さとの長崎へ帰ると、カルメル修道院に別れを告げた人がいた。その後、消息が不明になった。原爆で亡くなったのか。カルメルのシスターは、その人のために祈り、また原爆で亡くなった人のために祈った。それから原爆の記事を集めるようになった。最近になって、持ち物を整理したい。騎士誌が出てきた。小崎サンの名前で、記事が出ている。いま毎月、騎士誌で小崎サンの記事を楽しみに読んでいる。そこで、この騎士誌を小崎サンへお返しします」。騎士誌は今よりも小さなサイズで、古びた感じがする。昭和28年の7月号であった。2つの記事を書いていた。ちょうど結核で苦しんでいた頃で、「孤独と不安」。内容は難しい言葉ばかりが並び、何を言っているのか、わからない。青クサかったのですね。もう1つは、原爆の記事。名前は「彦山八郎」になっている。シスターは原爆の記事で、この騎士誌を残し、小崎の名前から、返したのであろう。手紙はカルメルのシスターだから、幼いイエスの聖テレジアに就いても書いてあった。「教皇さまは、ブラジルのリオへ行かれたとき、ご自分でカバンを持たれた。初めてのことで、記者が問うと、中身は、ヒゲそり、聖務日祷書、スケジュール表、小さきテレジアの本です、と答えられ、聖テレジアが大好きです、と言われた。カルメル・シスターたちを喜ばせました」と書かれていた。★テレジアは修道院の中にだけ有って、病気に耐え、小さなことに忠実で、神への愛に燃え、若くしてイノチを捧げたが、すばらしい宣教者の保護者にもなった。★うちの修道士の阿野さんも、胸の苦しい病気に耐えながら、修道会のため捧げますと、強く生きた。近くにも模範がある。人は、苦しみに意味を見い出したとき、幸せを見つけるだろう。生きている限りは、苦しむものです。きょうも、あかるく、聖コルベ館に勤めている。