2012年2月21日火曜日

入院6日目。母の教えは病人見舞いだった

写真は病院のエレベーターの所の表示です。もう入院6日目になった。原爆死した母を思う。母は教えた。「祈りバしなさい」「善行バしなさい」。その善行の一つ病人見舞いだった。今でもはっきり覚えている。戦争中、浦上天主堂の近くに立派なお屋敷があって、当家の息子が奇病をやんでいた。少年の口や鼻の周辺が赤く盛りあがってフハイし、悪しゅうを放つ。15歳の私がどう言うツテで訪ねるようになったか分からない。度々その少年を見舞って励ました。原爆ですべては吹き飛んだ。
遠い昔の出来事だ。ところで病状は快調。食欲もあり。夕方、少々微熱ある、(これがクセモノ)。
昨日は5人の見舞客があった。その中の一人、修道会の最長老、末吉神父さんが「どうかね」と、姿を見せた。その時思わず「ウォーッ」叫んだ。「良く来てくれましたね。ビックリしたよ」。小長井のみさかえの園から(片道約50キロ)を、自ら運転して来た。「86歳だよ」と言う。私は末吉神父さんに「祝福して下さい」と頼んだ。司祭は大きな十字架をきった。
末吉神父さんの土産は15本のルルドの水だった。神父さんが帰った後、なぜか私は母が、「善行しなさい、病人見舞いをしなさい」と言う言葉を思い出した。あの悪しゅうを放つ少年を見舞ったお恵みが、私を修道士に導いたのかもしれない。
神父さんが帰ったあと、またしばらくして顔を出した。また、ビックリだよ。神父さんは言った。「バックを忘れた?ここには、無かね?」