2012年2月19日日曜日

入院4日目。あのとき、イエスはソバに居られた

尿が全く出なかった木曜日の夜のことです。、ベッドに腰掛けて、右手で目がしらを押さえつつ、ボッ、ボッボッ、グチをこぼした。考えてみると、いろいろ無茶な生活だった。酒も飲んだし、徹夜もやった。腎臓にどれほど負担を与えたか。ゴメンな。などなど、ツブやくうちに、もう、ここまできたからには、おまかせするしかない。いつしか回想は、神妙になり、知らず知らずのうちに、どうやら祈りに変わったいた。やっぱり、そのあとも夜中じゅう尿が一テキも出ない。不安になる。
それが、金曜日の聖体拝領の瞬間に、出たのだ。回復の希望が湧いてきた。
あのとき、聖体を拝領した後、30分ほどして、ベッドに横になった。いつしか、しばらくして気がつくと、右手で目がしらを押さえていた。すると、なぜか、突然、オエツが込み上げてきた。昨夜、ベッドに腰掛けて、オレはツブやいたどろう、それが祈りに変わっていた。あの時だよ、イエスが、ソバに居られたことを、今、本当に悟った。それは絵や、映像で見るようなイメージのイエスではなかった。体は見えない、だが、実在と言うか、そこに何かが在ると言う実感が心を貫いた。悟りと言うものかも知れない。そこに誰かが居ると言う体験があった。ひよっとすると、個人の信仰の体験も、中枢は(これかも知れない)と確信した。いつしか、長い間、右手で目を押さえていた。