2012年2月20日月曜日

入院5日目。日曜日。誰か見舞いに来ないかな

今日の私の写真です。まだ少々、顔がむくんでいるようですね。でも今度ばかりは、腎機能の再生力のすごさに驚きました。どうしても不思議でしょうがない。体験した者にしか分かりません。腎臓が完全に、まる1日停止して、尿を作る機能が破壊した。私はシロウトですが、そう思います。(あぁ、これですべて終わりか)と、さすがに失望しました。ところが治療の甲斐があって、翌日に、立派に、見事に、機能がよみがえった。どうして、そのように好転したのか理由は分からない。この度の病気の体験は、私の心に大きなこん跡を残した。
もう1つ、寝ていて、考えることがある。それは家族の素晴らしさです。ひとりベッドに寝ていて、やはり、さみしいせすよ。孤独の病者を救いあげるのは、何といっても家族の愛です。父が居て、母が居て、子どもが居て、孫も居る。お互い何にも言わないけど、痛み、苦しみ、喜びの糸が皆、つながって、『家族』と言う糸車に、からんででいく。その奥に、愛と、いのちの光る宝石があるわけです。私は修道士。病気になると、やはり、寂しいですよ。もちろん、それは覚悟の上です。私たち修道者は、世間の愛を、主への愛の糸に変えて、痛みも、苦しみも、喜びも、糸をつないで糸車に回し続けて行く(主よ、私のベッドの横に居て下さい)。それが祈りです。ところで、見舞いに女性がやって来た。私は、ブチまけた。「愛だ」「人助けだ」と言いながら、誰も来ないじゃないか。すると女性はズバリ答えたよ。「いそがしかモン」