2018年3月13日火曜日

台湾の女性、来る。長崎は平和を感じる祈りの場所

昨日、台湾人の許書寧さん(大阪在住)から電話があった。「いま長崎に来ている。面会に来たい」。朝の電車を指定すると、9時半過ぎには、駅から徒歩でやって来た。玄関で待ち受けていた。昨年の6月初めに1度来たことがある。ホームでは2度目だ。早速、労をねぎらい自室に招く。
★台湾からの巡礼者たちを、長崎・外海へ案内して、終わった。今日は、ゆっくり許さんの経歴を聞いた。台湾で、幼稚園、高校、大学は、カトリックの学校に学んだ。先ずは母がイスラエルの巡礼中に受洗し、次いで父が台湾の教会で洗礼を受けた。母方の祖母が亡くなった時、カトリックの葬儀に初めて祈った。その時、感銘を受ける。「おばあちゃんの子だった。悲しいけれど、それ以外の何かが有る。絶望ではない」。3ヶ月後の2007年2月、カトリックの洗礼を受けた。(霊名を聞くのを忘れた)31歳だった。
★大学卒業後、航空会社の客室乗務員を勤める。大学の夏休みに、イギリスへ語学留学したが、その時、同じく日本から語学留学に来ていた男性と知り合っていた。1999年、日本へ来て、翌年、結婚し、大阪に住んでいる。主人は会社員で、自分は「作家、翻訳家、イラスト・レーター」という。「カトリック児童週刊誌『こじか』に、コルベ神父を書きます」
★「洗礼を受けて、何か変わった所がありましたか」とトマが聞く。「愛という字。おばあちゃんの葬式まで、『愛』を言うのが恥ずかしい。言いたくない。文字だけの感じだった。洗礼後は、愛という字に骨組みが出来た。愛が身近に実感出来るようになった。聖書を読み、生活して、また聖書を読む。イスラエル巡礼記を3冊、台湾語で出版した。最初の旅は、キリストの愛に燃えていて、涙が出た。最近は、黙想会で高く燃えても、名説教に感動しても、日々の私が歩む生活に戻って、1つ1つ実践の大切さに戻らないと、自分の骨肉にならないと感じている」「前は、がっかりしたり、すぐに怒る。いまは最初にその反応はあるが、すぐに、『でも、何か意味があるでしょう』。ゆとりが出来た」
★「洗礼を受けて2007年の夏、大阪から長崎・聖コルベ館を巡礼した。小崎さんの本を買いました。2回目、3回目は、小崎さんに会っている」
★長崎を巡礼して、感じる事は?の問いに「台湾のフランシスコ会の神父さまが企画した30人ほどの巡礼の案内を年に数回行なっている。巡礼で廻って戴いた恵みの実践ですね。巡礼の後、長崎へ帰ると、西坂へ行って、ホテルへ帰る。西坂は刑場でしょう。惨殺された場所ですよね。でも怖くない。穏やかな気持ち、すごく平和を感じる祈りの場所です。それがナガサキのチカラか、な」
★「コルベ神父さまのポーランドへ行きたい。小崎さん、教えてください」。元日のエリザベットさんが、ポーランドへ行ったこと、クラクフのコンラードさんが居ること、など教えた。
★もう、12時になる。食事の案内のアナウンスが鳴った。残念だが、時間が足りなかったことを惜しみながら別れた。自室の壁には、許さんの作品の絵が額縁入りで飾っている。