2016年8月30日火曜日

信心すれば、心も顔も光ってくるよ。安堵感がある

お昼ご飯どきに、明子さん(写真の左)の家にお世話になった。
★シスターもいる。ホームで働いていた。足を痛めて、引退し、山の修道院で暮らしている。久しぶりに顔を見た。姿を見た。「食べ過ぎたら、ふとるよ」と気にしながらも、豚(トン)汁を食べていた。
★写真に写っていないが、手前に、2人、隣の修道院の橋口修道士さんと、私がいる。橋口さんは、通称「ヨゼフさん」と呼ばれている。82歳になる。私の仲間だ。シスターが「写真を撮ってやろうか」と言ったが、「いいよ、いいよ」と断った。結局、4人が集った。「何の集まり?」と聞けば、「シスターの健康が回復したお祝いよ」「へェー、そうか、な」。でも、ごちそうと、この雰囲気が、あれば、いいや。
★ソーメンや、野菜や、豆ご飯、アイスもあった。民家で、こうして語り合うのも、楽しい。みんな、歳を取ったな。長生きすれば、いいことも、あるもんだ。ホームの話も、老いていく話も、「あの人」「この人」の話題も出た。「大事なのは、やはり信心、信仰です」。それだけは最後に、必ず認める。
★シスターがホームに勤務していた頃、夜勤も努めた。シスターに言わせると、自分が夜勤のときに、なぜか、決まって、多くの老人を見送ったという。信仰は年月を重ねるごとに、光ってくる。明子さんも、いい顔しているでしょう。