2013年8月29日木曜日

黙想・4日目。ルルドのお水にチカラを得る。み旨に従う

朝、早く、修道会員だけの祈り。これもお恵みです。心が、みな、合い通じるというか、気持ちが違うんですね。信頼を持って祈りました。こころは嬉しいが、カラダは、キツイ。身体的に、苦労が重なるのを覚えます。夜中も、ほとんど眠れなかった。まあ、歳も年だし、眠れなくても、そう気にはならない。飲み水が、カラダに合わない。電話をかけて、白浜さんに、「ルルドの水」を持参してもらった。これで、やおらゲンキが出る。★司祭の講話。見えない神さま。この日常生活のなかに、神さまは居る。神さまの基準で、考える。神さまが、こう望んで、おられるでしょうから、ワタシは、こう、したい。欠点を知る。神と出会うために。自分をカラにする。イエスと出会うために。結婚者は、相手に、忠実を尽くします。奉献者は、神さまに忠実を誓って、独身を守ります。忠実では、同じことです。コインのウラ・オモテのようなもの。忠実であるのが、大切です。★自分が、いつも中心。自分が中心というのは、罪の深いところに、ある。エデンの園で、人祖が、木の実を食べた。まんなか、みむね。これは神のみむねを、人間が自分の考えで置き換えた、ことを表わしている。弟子は、アミを捨てて、イエスに従った。この「捨てる」と、己を捨て、我に従えの「捨てる」は、日本語は同じ単語だが、原文は、単語が違っている。★そこで問うた。イノチを「捨てる」は、どうですか?この捨てるには、抵抗がある。捨てる、余分だから、カスだから、いらないモノだから「捨てる」。イノチは、合わない。「捧げる」がよい。司祭は言った。この「捨てる」。単語が違います。