2013年8月12日月曜日

餓死の地下室。コルベ神父の最後の姿。悪に負けない、耐える人

殉教の日が近づいた。14日が、その日です。コルベ神父が、殉教死をした日(聖人になり、祭日になっている)。1941年、昭和16年のことでした。今日は、12日で、いまが一番、餓死の地下室で苦しまれている時期です。食事も、飲み物も、いっさい与えられない。しかも裸で、地下室へ入れられた。現在、地下室の写真を見ると、ローソクの火で、壁が、真っ黒に、すすけており、内部が、はっきり分からない。アウシュヴィッツの案内人(ポーランド人女性)は、写真のような部屋だった、と教えてくれた。右下の箱は、トイレです。しかし餓死だから、使われなかった。それほど悲惨な刑でした。この部屋で、コルベ神父は最後まで、耐えて、意識があったまま、毒の注射で殺害された。殉教です。ナチの悪に負けない。いま、聖母の騎士では、毎朝のミサの後で、聖コルベの小祭壇の前で、9日間のお勤めを果たしています。このお勤めに参加できる幸せを感じています。いろんな話を聞いてきたが、コルベ神父の餓死の地下室での体験・苦しみは、真実であった。それだけは、信じます。アウシュヴィッツで、コルベ神父はこのような姿をしていた。(これは絵です)。★コルベ神父は何を教えるか。①家族、特に母親に深い愛を示していた。②1人の男性の為ならと、見知らない人なのに、イノチまでも捧げた。③誰が偉い、誰が貧しい、ではなく、みな平等の心で生きた。多くの修道士から慕われた。④長崎で、多くの苦しみ、困難があったが、失望することなく、受け入れ、耐えた。⑤神さまと、けがれなき聖母マリアさまに総てを奉献し、愛を貫いた。⑥神さまを知らない人たちに、活字を通して、ニンゲンの幸福を教えた。★「茨城の空」さん、コメント、ありがとう。赤羽で、会いましたね。以前、聖コルベ館で会った時よりも、輝いていて、変わったなあ、と思ったよ。