2013年8月15日木曜日

人生の、8月15日。思い出、いろいろ。幸せは何処に?

終戦記念日。我が人生で、この日をどのように迎えたか。①13歳。戦争中だった。浦上では、この日を「ふくれ・まんじゅうのお祝い日」と呼んだ。白いコナで、大きな「ふくれ・まんじゅう」を作って、家族に食べさせた。食料が乏しかった時代だ。ご馳走だった。旧・浦上天主堂に参詣し、平和を願っていた。②14歳。病気になって、大学病院へ入院していた。いつも見舞いに来るお嬢さんが居た。永井博士の妹さんだった。きれいな女性だったよ。慰められた。③17歳。原爆の廃墟の丘で、この日を迎えた。戦争が終わっても、虚脱感だけが残っていた。これからどうなるのか、不安だった。浦上天主堂は完全に崩壊し、希望は全く失せていた。④あれから68年、85歳のこの日、「生かされて、今日も、祈ります」。それだけです。⑤先日、NHKのテレビで、「北朝鮮から、終戦後、脱出する苦悩、危険な旅」を放映していた。脱出に際して、多くの民間人が死んだ。北朝鮮から大量に韓国へ逃げた。韓国のアメリカは、ソ連に、脱出を阻止するように秘密に依頼したという。怒りが、こみあげてくる。もし、病気にならずに、北朝鮮で終戦を迎えたら、生きて、帰れたか、全くの不明である。早く帰国したから、逃亡の苦労は逃れた。しかし原爆の苦しみは体験した。「なにが、良くて、なにが、困るのか」。人生における采配は、むずかしい。ただ、ただ「生かされて、カンシャ」である。