2019年11月26日火曜日

傾聴ボランティアの女性が来る。心の内を聞いてもらいスッキリ

傾聴は、3年前から始まった。今年は、8回目。合わせれば、23回になる。
★来てくれる女性。仕事の休みを犠牲にして、自分で電車賃、バス代を出費して、歩いてホームへ。帰りも又同じ。いっさいのモノ、受け取らない。傾聴するだけ。本当に、敬服の至りです。しかも、3、4回で終わるのでは、ない。ホームに居て、初めて、こういう出会いに行き当たった。有り難い気持ちで一杯です。おそらく聴く内容は、同じような事でしょう。それも受けて下さる。
★誰が、他に、こんなにも聞き手をつづけてくれる人が居りますか。「愛」とか「思いやり」とか、言葉や文字はあふれているが、「傾聴」に黙々と来る人は、誰も居ない。迎える度に、驚きと感謝あるみです。女性は言います。「個人では、出来ません。怖いです。このカード(京都に、この会がある)に、つながれているから出来るのです」
★相手が、語るのを、ただ聴くだけ。言葉じりを反復して返すだけ。説教や指示や、教導は一切しない。しかし人間は「本当にツライことは、こころに隠して、言いませんよね」。それでも語る人の話に、ジッと辛抱して聞いてくれる。人間の心の底辺と、底辺の接触のような事を感じます。
★この度は、やはりカラダの事から話しました。ステントの入れ替えや、歩行が困難になること、腎機能が低下する、不安があること、しかし日記を書いて気力を養っていること、などですね。ただ、ただ思いつくままに語ります。そうすれば、自分のアタマの中の整理が出来る。「ブッチャケ、こころの中を、吐露(とろ)するわけです」。時間は、アッという間の1時間が過ぎる。次は12月は、年末で慌ただしいので、来年の1月に決めた。
★「あと、3ケ月だよ。12、1、2月経つと、92歳だよ。1年の重みは尊いね」

2 件のコメント:

  1. 本当に辛いことは口にできないものと
    ボランティアさんはご存知なのですね。
    良いお顔をしていらっしゃいますね。

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  2. 傾聴ボランティア女性は、なにも語らないが、生きるチカラを与えてくれます。

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