2017年10月10日火曜日

10月8日は終戦後、聖母の騎士に入った記念日

昨日から、ポーランド人の画家、モルガさんを紹介していますが、彼は、アシジの聖フランシスコ(色つき)の聖絵も描いています。その格好のモデルとなったのが、フランシスコ中村修道士さんでした。聖絵の両手と、中村修道士さんの両手が似ている。
★中村修道士さんは、ここのホームで神に召された。懐かしい写真なので、載せました。いま、この聖フランシスコの聖絵がどこに飾られているか、分からない。
★過ぎ去りましたが、先日の10月8日は、トマが聖母の騎士に入った記念日でした。度々日記にも書きましたが、雨降る日でした。受付で、ゼノ修道士に迎えられた。母が、原爆で死んだと言うと、ゼノ修道士さんの青い目から、涙がこぼれました。1945年(昭和20年)、原爆・終戦になって、2ヵ月後のことでした。もう72年の昔になります。それから今日まで生かされてきた分けですね。
★朝食のとき、隣の瀧神父さまに聞いた。「神父さまは、いつ入会したの?」「1956年(昭和31年)4月、聖母の騎士に入った」「それまで何をしていたの?」「奄美(鹿児島県)で、教会のお手伝いをしていた」。聖母の騎士で、志願期、修練期を過ごした。
★昭和31年というと、トマは、山の施設の修道院で療養していた。瀧神父さまは、その頃、志願者のとき、ロムアルド修道士に連れられて、山の施設・修道院へ1度行ったことがあるという。「トマに会ったかも知れないね」。今朝の会話でした。
★昼の食事のとき、また瀧神父さまに尋ねた。「修練の時は、何人でした?」「22人だった」「その内、何人、司祭になりましたか?」。しばらく数えていたが、「5人」。5人の司祭というと、良好の結果です。ここで、こうして瀧神父さまと一緒にホームで暮らし、三度の食事も共にするのも、神さまの導きと、力強さを感じています。
★モルガさんが描いた絵が、山の修道女院の聖堂の壁画と額縁の絵が残されている。コルベ神父が福者に挙げられた頃で、わざわざポーランドから来て描いたのでした。トマはポーランドへ行ったとき、モルガさんの家を訪ねて、彼にも会い、お礼を言った。彼の部屋には、日本のテレビ(ポーランドでは珍しい)や日本の製品が多々見受けられた。