2015年11月2日月曜日

霊的花束に心をこめて、祈り、犠牲をささげて準備した

「きのうの、こと、どうでした?」。2、3人のホームの人から声をかけられる。「ええ、いい、でしたよ」。感心したことは、ミサが終わって、教会のなかで、役員さんの祝辞や、子どもさんの祝辞も、お花の贈呈などがあったが、なかでも「霊的花束」という色紙をいただいたことです。それは私たち2人のために、教会の信徒たちが意向をきめて、果たしてくれたお祈りと犠牲の結果の数字でした。
★「トマ田川幸一様。金祝のお祝いおめでとうございます。信徒一同、心をこめてお祈り致しました。霊的花束。御ミサ、347回。聖体拝領、343回。ロザリオの祈り、1.043回。主の祈り、4.425回。アヴェマリアの祈り、6.058回。愛のおこない、471回。黒崎教会信徒一同」。
★以前も、そうでした。意向をきめて、お祈りや愛の犠牲、善業など、心をこめて、意識して、尽くした習慣があった。それが、まだ黒埼教会に残っていたのが、大きな喜びでした。意向をきめて、長い間、「この人のために」と、子どもさんも、シスターさんも、女性、男性、信徒の皆さんが、思いをもって準備して、この日を迎えてくれたのでした。このような心のこもった、思いのこもった行ないが、この世の中にあるでしょうか。ありがたい、心の交流を感じました。本当に、根からお祝いをしてくれているのを、ひさしぶりに感じました。私たちも、むかしは、よく、やっていた教会の習慣です。黒崎教会の皆さん、ありがとう。修道士は、あまり信徒の前には出ない存在ですが、大切に思ってくれたのですね。印象に残りました。