2015年11月17日火曜日

永井博士と田川初治先生を思う、心ゆさぶる電話

めずらしく、県外から、電話がかかってきた。
★やっぱり、歳をとった者の強みは、背中に背負った歴史ですね。過去のことは、遠いむかしというけれど、昔を体験したのは、老人です。背負っているのは老人です。
★電話の内容は、永井隆博士の「絵」についてと、思いもかけず田川先生のことでした。1枚の写真がある。2人とも浦上の信者で、永井隆先生と、田川初治先生がいっしょに写った珍しいペアの写真を、大切にしている。理由は、この2人の先生に出会って、授業や話を聞いた、直接の思い出があるからです。思い出は、心の宝です。永井先生と、田川先生の2人は最も仲の良い間柄でした。永井先生は、大学の博士、田川先生は、小学校の教師で、童話家でした。17歳、18歳の頃、聖母の騎士で、お2人から身近にお話を聞いた。永井先生から、中学の理科を教わった。電話の女性が田川先生の名前を言ったのには、おどろいた。切っても切れない、お2人です。信仰で結ばれていた。
★電話をかけてくれた女性に、永井先生の絵が、「十字架の道行」として、14枚、平戸市の木が津教会に残っていると伝えた。木が津はカトリック信者の集落だが、何とかして自分たちの教会を持ちたいと、苦労しながら、1962年10月に木造の教会を造った。この教会内に、掲げられている。ある熱心な信者さんがいて、浦上教会から、貴重な14枚の「十字架の道行」を頂いてきたのだった。その信者さんに出会って、話を直接聞いている。いまも、木が津教会に掲げられているだろうか。
★そういう事実を知っているのは、やはり歳の功といえるだろう。田川初治先生は、日本26聖人の無声映画の弁士を務めた忘れがたい先生だった。