2015年6月10日水曜日

祈りしか、仕事がありません。からだも、なれてきた

教会の祭壇に飾られたリッパな生け花です。毎日、夕方、ホームの信徒が集まって、数々の祈りと、ロザリオが唱えられる。祈りながら、この生け花に目がいきます。祈りは心が落ち着いてくる。車椅子の、90代の女性もいる。耳が遠いのか、小さな可愛い声で、アヴェ・マリアを唱えている。調子が合わないが、皆さんは気にしていない。祈りが終わると、園長神父さん自らが車椅子を押して、ホームへもどっていく。祈る人びとたちは、幼児の頃から家族や教会の祈りで鍛えた女性たちが多いのです。負けますよ。「むずかしい、ことは、わからんが、いのりだけは、となえております」。そのこころ。それで、いいのです。平和であり、よろこびです。★朝から、高原修道士さんの運転で、長崎のヨゼフ・クリニックに定期の診察へ出かけました。トマさんはホームに居るのは惜しい。語り部を務めてもらわないと、という意味の言葉をいただいた。帰りは早かった。昼食が終わる頃には戻った。午後から少し休んで、祈りに行ったところです。職員さんが「水分、補給」といって、ポカリをコップに注いで回っている。ささやかな気配りが、なんとなく、うれしい。