2012年9月1日土曜日

入院5日目。調子が、いい。しゃべり過ぎて、8度8分

現在の病状をお知らせしますと、まず肺呼吸の減少で、鼻にサンソのクダがつながれている。次は、点滴です。特別に、炎症を抑えるクスリを入れる。点滴のクダにつながれる。それから、尿です。起きて、トイレに行かないように、尿袋のクダにつながれている。最後は、目には見えないが、腎臓から、ボウコウへ、ステントのクダでつながれている。そして、まだ最後が、あります。これが大事です。「神さまの、愛と、イノチのクダに、つながって、おります」。日中、少々しゃべりすぎて、夜には、8度8分の熱が出て、反省しております。私は思うんです。ベッドという、動けない十字架にしばられて、自分を省みれば、2つだけ、大きな体験をした。第1は、原爆です。あの廃墟と化した原爆の丘にたたずむ少年のソバに、主は居られたのでしょうか。少年は老いても、問いかけます。第2は、アウシュヴィッツのガス室の、(私は、そこに、10回も行きました)、ガス室の中じゃ、ないんです。ガス室の、10歩手前、20歩手前、50歩手前、そこを、前を向いて歩く群衆、幼児がいる、女性がいる、老人たちも、まだ彼らは死ぬことを知らない。シャワーを浴びると、だまされている、その中に、もし私が居たら、主よ、あなたは私のソバに居られますか。ここまで考えてくると、ベッドの上でナミダが出てくる。『主よ、居られますか』。老いても、問いかけます。余りにも厳しい現実です。本には書いてある。居られます、と。言葉でも簡単に言います、居られます、と。ごめんなさい。私には、もう素直には、問いかけられません。まだ死ぬと分かっていないから、です。そこに、コルベ神父が出てくるんですね。コルベ神父は、自分が『必ず、死ぬ』と分かっていた。だから、コルベ神父のソバには、主は確かに居られたのです。主と共に死ぬと分からない者には、この道理は理解し得ないと、いまは思う。原爆の丘で、パウロ永井隆先生は、(私は、小神の中学で理科を習った恩師です)、放射線医師として、被爆者として、自分は必ず死ぬと充分に分かっていた。それなのに、原爆救助に奔走した。死ぬと自覚していたからこそ、主は、共に居られたのです。信仰とは、本じゃ、ない。話じゃ、ない。肌で感じる体験なのです。だからベッドの上の、弱い私は、助けを、求めます。「主よ」「コルベ神父さまよ」「永井先生よ」