2012年3月25日日曜日

人生、悩み多し。自分が生きる意味、何か?

1人の男性が聖コルベ館へ入ってきた。彼を見た瞬間、思わず「オー」と歓声をあげ、彼の手をつかんで思い切り揺さぶった。「どーうしていたの?心配していたぞ」。彼は五島の出身。県外で長年働いて、心身疲れて、失望し、島の断崖絶壁へ向かっていた。途中、美しいマリア像を見つけて、気持ちが「ストップ」する。新しい職場を見つけて、長崎でタクシーの乗務員をしていた。正月、ルルド参りに来たところで、私に出会った。その後、1年間、聖書を学んで洗礼を受けた男性だった。「あれから来ない。もう4年になるかなあ」。歳は60半ば。独りで、年金暮らし。生活はシンプルで、テレビなし。冷蔵庫なし。電気レンジなし。車だけ、あるという。読書が好き。いろんな人間の生き方がある。「修道士以上じゃないか。付いて行けないよ」。その彼が悩みを打ち明ける。「自分は何のために生まれてきたのか、意味がわからない」。これはどういうことなのか。人間、誰しも悩みが多い。基本的に、自分はこの道を生きて良かったのかと悩む者。生きる意味に悩む者。悩みはどこから来るのか。「人のために尽くすこと、ないの?喜びを感じないの?」。「うれしさは有るが、実感が湧かない」。自分に凝り固まっているから悩むのか。「4月8日が今年は復活祭。教会に来なさい」と勧めた。彼は笑いながら、クルマの番号を指して、「ハローだよ」。ナンバーは、8と6だった。