2012年3月3日土曜日

入院・余談。倒れた日の、少年たちの思い出

1月、2月と、2度の入院は大変でした。でも、ゲンキになって、よかったです。沢山のお祈り、お心遣い、ありがとう。それにしても思い出すのは、倒れた日の出来事です。やっぱり、忘れません。でも、それが原因で倒れたわけではありません。この日の午後、東京の、有名・私立小学生たち、120人に、原爆、平和の話をしました。久しぶりの、市内の会場で、原爆から、アウシュヴィッツ、コルベ神父の話と燃えましたよ。1時間の話です。だから、もしも排尿がしたくなったらと、実は、ね。「オシメ」をしていたんです。ところが全然、尿が出ない。この辺ですよ、おかしいなあ、の疑問です。その夜だった。とうとう尿が全く出なくなった。受難の始まりです。
今日、私がこの記事を書いたのは、実は、120人の児童に語った後で、ただ1人だけ、お礼の手紙が来たことです。秀昴(しゅう・こう)くんという少年です。嬉しいじゃないですか。小学生とは思えない、しっかりした文章で、きれいな字で書かれていた。「小崎サンの話を聞いて、生きる本当の意味は何だろうかと、頭にのしかかるテーマだと思いました」。小学生が、生きる意味だって、負けるよ。熱心に語れば、腕白少年だって、心に痕跡を残すんですね。それだけで満足です。それにしても、この小学校の半ズボンには、いつも参るよ。この小学校には、長崎・修学旅行の際、もう10年来、話しつづけている次第です。下の写真は代表が聖歌を歌っている場面です。ウインの少年合唱団並みの美声でした。