2018年12月2日日曜日

ある修道士の思い出。アンドレアさん。人生、まさか、の連続

1枚の写真がある。日にちは2011年11月11日になっている。真ん中の修道士、「アンドレアさん」と修道士名で親しく呼んでいた。1つ歳が上の先輩になる。アンドレアさんが、ホーム聖フランシスコ園に入りたいと自分から望んだ。そのお別れに、聖母の騎士で撮った写真(中央)だった。右がトマで、左はヨゼフ橋口修道士。
★数日前、聖アンドレ使徒の祝日があった。アンドレアさんを偲んだ。漁師のアンデレは、イエスから声をかけられ、弟子となった。アンドレアさんは若い頃、運搬のポンポン船に乗っていた。神の声を心に聞いて、陸に上がって、修道士の道に入った。戦争が終わって間もなくだった。以来、60年、老いても、熱心な祈りと、与えられた勤めを果たしていた。無駄口を言わず、会話の中で、アンドレアさんが、「ピシャット」1言、いうと、みな「ドキット」して黙するのだった。彼の生きる姿は尊い。ヒトは目で見るが、神は心で見る。カトリックの力が、ここに有りと感じた。楽しみは年に2回、春と秋に、数日、休暇をもらって、故郷の海を見に行く。丘に座って、黙々と海を見詰めているのだった。
★この写真の2ヵ月後、アンドレアさんは、ホームに入居した。元気だったトマは、アンドレアさんを見舞ったとき、ちょうど昼食時で、食堂で、大勢の老人男女が、一緒にご飯を食べていた。その雰囲気を一瞬、見たトマは即時に思った。「ここには、ゼッタイ、こないぞ」。修道士は男子ばかりの生活だったので、抵抗を感じた。
★ホームに入居して1年数ヶ月後、アンドレアさんは神に召された。そして、その1年数ヶ月後に、トマはホームへ入居した。ジンセイ、まさか、まさか、の連続だ。

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