2017年5月30日火曜日

突然の来客。こんな不思議もあるんですね。祈ります

昼食のとき、事務の職員さんから、「1時頃、愛媛のヒガキさんが来られるそうです」と伝えられた。みどりさん、保彦さんご夫妻か。みどりさんは3歳の頃、鉄道レールで遊んでいて、両足と、右手を失った。育つごとに、人生、どん底を感じる。しかし、みどりさんはお母さんの教育のおかげで、明るく、笑顔で、前向きに生きる女性に青春を迎えた。
★保彦さんは、明るいみどりさんに惚れて、結婚を申し込む。保彦さんは11歳も年下であった。みどりさんも結婚に迷った。ちょうど、そのと
き、教皇さまが広島に平和巡礼に来られて、みどりさんも歓迎に参加した。運よく、パパさまと、左手で握手をする恵みを得た。みどりさんは思った。まだ、握手が出来る左の手があるじゃないか。保彦さんのプロポーズを受け入れよう。パパさまと握手して、4ヵ月後に結婚した。みどりさん、33歳。保彦さん、22歳。
★1時に、2人で来るものとばかり予想していた。みどりさん夫妻を度々取材して、騎士誌に何度か掲載した。何度も愛媛の自宅も訪ねている。ホームの玄関で、待っていた。それらしい車が見えた。駐車場に停まる。玄関を出て、待っていた。車から降りたのは、男性が1人だった。「車で、こちらの玄関まで来てください」。無言の保彦さんは、手に小さな額縁を持って近づいてきた。「みどり、です」「え?亡くなったの?」
★5月22日に、70歳で亡くなった。保彦さんと結婚生活36年であった。亡くなった1週間ほどしか経っていない。保彦さんの話によると、みどりのお通夜か、葬式だったか、頭が混乱して定かでないが、1人の女性が1枚のメモを差し出したという。「こんな時に、何ですか」。メモには「小崎修道士の住所、聖フランシスコ園」が書かれていた。「これは、みどりが、小崎さんに知らせて」との願いかも知れない。それで、今日、来たのです、と語った。それを聞いて、私の目から涙がこぼれた。
★本当に、こんな事って、あるんあだな。みどりさんの明るい顔、人を自分の方に寄せ付ける雰囲気、負けない根性、暖かい愛、それらを皆、知っている。みどりさんは歩いている。料理も、手編みの手芸も見事に出来る。みどりさんは保彦さんに出会って、人生、本当に幸せだった。1回切りの人生、3歳でどん底に落とされた。信仰と、愛で、普通に、いや普通以上に明るく生きて、沢山の人に「生きる喜び」と「出会いの大切さ」を身をもって教えてくれた。保彦さんは、神に2つのことを祈っていたという。1つは、私を早く神さま、お呼びください。お互いが死ぬときのは、2人だけに、してください。1は叶わなかったが、最後は、2人だけだった。みどりから慰められた、と保彦さんも「何にも、してやれなかった」と私の前で涙をこぼした。夫妻の唯一の楽しみは、保彦さん運転のドライブだった。