2017年5月24日水曜日

アシジの大聖堂の記念日。フランシスコを生きる

今日は、フランシスコ修道会では祝日でした。イタリア・アシジの聖フランシスコ大聖堂の献堂記念日です。あの素晴らしい大聖堂が出来た日です。13世紀でしょうか。アシジに巡礼した人は建築物や壁画の美しさを思い出すでしょう。地下聖堂には、聖フランシスコの遺体も安置しています。
★2週間ほど宿泊した経験や、高位聖職者が泊まる部屋にも数日、泊めていただいた。巡礼者を引率・案内して、何度も訪れた。10月4日の聖フランシスコの祭日を、ここの大聖堂で迎えたが、国際日でもあり、教皇特使が来られて、それは最大の典礼、祈りの集いでした。
★私が聖フランシスコを知ったのは、ゼノ修道士や、ポーランド人のフランシスコ修道者に出会ったからでした。彼らの中のフランシスコ的な明るさ、優しさ、自然に対する愛情、兄弟愛、物に執着しない生き方、そういう現代に生きるフランシスコに少年の頃、惹かれたから、この道に入ったのでしょう。
★徹底的な出来事が原爆です。憧れていた豪華なお屋敷があった。いつも、その場所を通りながら、自分もそうなりたいと願っていた。所が、原爆で一転する。屋敷も庭も樹木も燃えて、すべて崩壊して、ご主人が丸裸になって、崩れた石段に黙して座っていた。数日して、そこを通ると、そのままの形で亡くなり、体にはウジがわいていた。それを見た17歳の少年は、大きな衝撃を受けた。「この世って、なんとハカナイ(儚い)ものか。営々とし築いた物は、すべて崩れ去る」。致命的な瞬間だった。フランシスコの声を聞いた気がする。フランシスコ会の修道者の中に飛び込んだ。
★昨日は、原爆の話しが小学生たちに出来ると思って、元気が出てきた。ちょうど、うまい具合に事が運んだ。先日、長崎のクリニックへの帰りに、聖コルベ館へ寄って、原爆の絵を積んで持ってきた。ホームへ着くや否や、学校から電話があって、明日、話を聞きにお伺いするという。計算したのではないのに、絵の準備も自然に整っていた。無事に、試しの話しも、絵と共に聞いてもらえた。こういう流れもあるもんだ、と不思議さえ思い、昨夜は安眠しました。