2016年4月19日火曜日

人は、神から出て、神に帰る。清くなって、帰ろう

北海道の病める親友から、速達便で、次の日には、顔写真が届いた。久しぶりに見る彼の顔は、ふけている。
★その夜、当方から電話をかけた。日中は寝ているが、夕方は、ソファーに腰掛け、少しは歩けるという。早速、ブログの許可をもらう。「日記(ブログ)に載せても、いいだろうか}。彼は気持ちよく了解してくれた。「大いに書いてくれ。子どもたちにも読ませたいよ」
★届いた写真に、「ご利用下されば幸甚です」とあったが、さすがに写真を載せるのは、私に抵抗がある。それで彼が望んでいた、ラテン語の『ベニクレアトル・スピリツス』を載せました。
★電話で、私は問うた。「いま、考えることは、何ですか」。彼は「ンー」と、しばらく考えて、答えた。「神のために生きるんだ・・・こと、人は、これしか、ない。自分のためでない。神のために生きる。これが目標、目的だね。長崎へ来て知ったこと、神さまの『みさかえ』のため生きる。だから神さまのモトへ帰る。自分のなかで、自然に受け入れた」
★昭和3年生まれの私と彼。私が3月で、彼は7月。昭和20年6月、彼は軍国少年で、陸軍士官学校の合格通知をもらった。9月1日が入隊日。ところが、その前に終戦となる。そのとき、ゼロ心境になる。目標を失ってしまった。
★彼に言わせると、財産、名誉、知識を極める、など全く興味がない。それを飛び越えて、「人は何んのために生きているのか。わからない。世の中で生きること、生きて、何をしなければ、ならないのか。オレに、一番大事」と、鈍行列車に乗った。
★実は、行き先は、鹿児島港だった。「地元に居れば恵まれている。中国に渡って、暴(あば)れて、生死の境をさまようなら、見つかるかも知れない」。軍国という無謀な時代を生きた少年は、無謀なことしか考えない。「それが、どういうわけか、長崎へ着いた」。最初に出会った中島神父の言葉に、「生きる意味、ありますよ。神さまのために生きるんです」
★彼の人生は、ドラマだよ。ヘアハウスに入って、8年。子どもも5人いる。いまも神を見失わない。病者の塗油の秘蹟も受けたという。「ハラもヘラない・・・そう、そう、長崎で学んだことは、マリアさまだね」