2016年1月27日水曜日

庶民のなかに信心は支えられている。信仰のチカラ

写真は、今時の「長崎・ミカン」です。おいしい味に慰められる。
★水曜日は、朝、9時半に、整骨院の車が迎えにくる。いつも一緒に風呂に入り、背中を流してくれる90歳が、「自分も連れて行ってほしい。痛むところがある」という。4人が車に乗った。整骨院へ着くと、待合室で、しばらく待たされる。先に、90歳が名前を呼ばれて、ジャンバーを脱いだとき、ポケットから出した右手に、「ロザリオ」が見えた。ちらっと見たが、「あ、あ」と、心に深く残った。
★午後のロザリオのとき、もちろん90歳も来て祈っている。終わってから、聞いた。すると彼はロザリオを出して見せて、「いつもポケットに入れて、唱えているよ。忘れたことは、なか(ない)」「いつから?」「ホームに来てから、その前も・・・」。ホームでは、常にこの気持ちで生活している。出身は、長崎の五島。県外で働いていたが、奥さんを昨年、亡くしてから、余生は信心の日々で暮らしている。部屋には、奥さんの写真。根っからの信者の雰囲気がする。さすがに長崎・五島の信者だ。目立たないところで、信徒は熱心に神に祈っている。信仰なしでは生きられない。こういう庶民のなかに、信仰は支えられているのを感じる。