2016年1月21日木曜日

1つの歴史が終わった、と言えるほどのお別れだった

100歳奥さんの葬儀の写真を10数枚撮った。しかし、どれでも載せるわけには、いかないでしょう。でも、この2人の写真はいいでしょう。親戚で、わたしの誓願金祝のときは参加してくださった女性です。修道服姿で、葬儀に来たのを、喜びで受けてくださった。葬儀ミサ・告別式に参列が出来て、お祈りが出来て、本当に良かったと、今は思っている。
★修道服を着ていたお陰で、教会の顔見知りの女性数人にも、声をかけられた。神父さんと一緒に、100歳奥さんの所を長年、度々、訪問し慰めてくれた人たちです。「もう、記事は書かないの?」と聞かれる。「いくつ?」と問えば「昭和3年」「あら、いっしょ」「いつまでもお元気で・・・お世話になりました」
★葬儀の思いは、いまも、つづいている。葬儀の場所は遠かったが、おそばで、神の国への見送りができて、ほんとうに良かった。1つの歴史がわたしの中で終わったと言えるほど、奥さんとのお別れとなった。100歳だから、ね。背がスラーっとした人で、着物が似合う女性だった。優しい人だった。
★親戚も少ない自分だが、年月が経つと共に、更なる身辺の寂しさを感じている。つながりが、1つ、1つ、消えていく。