2015年12月17日木曜日

「我は道、いのち、真理」。生きてこそ、幸い

お葬式・告別式が行なわれた。普通は、園長神父さんが司式されるのだが、きょうは特別で、4人の司祭も加わり、お祈り・ミサを捧げ、お別れをつげた。これらの司祭たちも、女性にお世話になった神父さんたちであった。
★お説教をした司祭は、「2つのことを話したい」と、次のような意味のことを語った。
★1つは、(山の施設の)修道院で、賄い(まかない)さんをされて、当時は住み心地のよい家ではなかったが、辛抱されて、お料理をつくってくださった。12、3人がいたと思うが、食事は大切だが、誰も文句をいう者はいなかった。不満はなかった。準備のため、人を思いやる優しさを持っておられ、主のみ言葉を日々、実行されていた。
★もう1つが、誰にでも来る自分の死についてです。誰でも、死を前に恐れを感じる。神さまは、人が生きるために証をされた。主を迎える、そのため神の恐れを感じると思います。わたしたちはご遺体の前で集うが、生きなければならない。
★生きるために何をするか。「わたしは、道であり、いのちであり、真理である」と主はおっしゃった。道といえば、目的に向かって、歩く。主のご生活とみ言葉を聞く。生活の中で、真理を取り入れる。まちがいがない。真理を生活の中で、生きる、そこに、いのちがある。神さまを愛し、隣人を愛する生き方を望みましょう。
★女性は、ホームの墓地に埋葬される。信仰と奉仕に生きた幸せな生涯だった。
★きのう、きょうと、2人のたましいが、遠いところへ行った事を感じた。