2015年5月9日土曜日

明子さんが来た。「これが最後と言わないで」

昨日は金曜日なので、明子さんが来た。「ブログを読んできた」という。「小浜へ行ったのね」「また雲仙も行ったのね」。2日間にわたって日記を載せたので、2回出かけたと思ったらしい。「いいえ、オバマから雲仙に登ったのです」「最後、なんて書いてあったけど、これが最後なんて言わないでください」。制限された身の上なれば、そうも、いかないでしょう。それに、温泉に浸かって、疲れもあった。明子さんは「島原はふるさとで、あの辺は詳しいのよ」と誇りにしている。わたしに「あれだけ働いていたし、活動していた人が、いまホームに居る。大きな犠牲でしょう」と慰め、「まだ、まだ働けるのよ」と期待し、励ましてくれる。★「すこし、散歩しましょうか」と、庭に出た。高原修道士さんが、花に水をまいていた。陽ざしは、暑かった。歩きながら、いまは亡きご主人のことを聞かされた。6月4日に1周忌がくる。享年65歳。あまりにも若かった。「いのちの尊さは、愛する者の死に直面して、心身に沁みて、わかる」。悲しみの心を支えるのに、大きな苦しみ、悲しみがあったでしょう。いまは明るさを取り戻した。トマはお世話になっている。★去る日曜日のミサの後で、自室に、明子さんが(3人の子どもさんの1人)娘さん(医師)を連れて、紹介してくれた。瞬時の出会いだったが、娘さんを見た瞬間、身も心も整ったオーラがあるのを感じた。娘さんが言った。「ロザリオの祈り、を読みました」。子どもの頃の思い出だろうが、あの本のことを言われて、嬉しくなった。子どもたちは、沢山の本を読みながら育ったという。★長崎・聖母の騎士から連絡があった。ポーランドから、7月末頃に、(取材?)に来る。お会いできるだろうか。被爆70周年に向けての取材なのか、まだ先のことだよ。これも「ポーランド語版・焼けたロザリオ」のおかげなのか。