2015年4月26日日曜日

外海・出津の人たちが面会にきた。会話もはずんだ

単調なホームの生活だから、わざわざ面会に来てくれる人がいると、うれしい。1日が明るくなる。夕方、電話の予告があって、待っていると、次の日、午前中に夫妻と、同じ集落の女性の3人が来られた。「外海の出津(し・つ)からです」。なつかしい所です。最近は、世界遺産候補の話題で盛り上っている。家は、行ったこともある、外海・出津の教会の近くの人たちです。「どうして来るようになったの?」と聞くと、「教会で会ったとき、行ってみようか、と話し合った」そうです。★女性は以前から知り合いの方だった。夫妻のことは、7、8年前からの知り合いに成る。名古屋へ住んでいた夫妻は、長崎へ旅行した。外海を見たとき、いたく気に入って、レンタカーの車中で、「こんな所へ住めば、いいね」と話し合ったそうだ。ご主人は早速、計画を実行し始めた。聖コルベ館にも来られたが、「やめときなさい」と余り乗り気ではなかった。地元になじめるかが問題でしょう。しかし夫妻は、いつしか、早々と行動を起こし、ド・ロ記念館の近くに家を建てて、移住してしまった。教会も近くで、地元の人たちと親しく溶け合って、楽しく暮らしているという。外海の人たちが訪ねてくれたのが、うれしい。外海・黒崎・出津は、懐かしさもあって、心がなごんだ。★日曜日。ミサのとき、ヨハネの書簡が読まれた。ググッと心にひびいた一句があった。「自分がどのようになるかは、まだ示されていません」(一ヨハネ3章2)。前後に文章はあるが、学者でないので意味は解説できないが、この箇所だけは、胸を打つものがあった。どのようになるか、まだ不安を抱えているのは確かです。

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