2012年8月9日木曜日

原爆の日。67年前の悲しみ。母との、つながり。忘れない

原爆で爆死した母親ワサの命日です。お母さんを思うとき、何を感じますか。幾つかのことを記しておきましょう。①母親から、自分へ。その間、修道士だから、妻なし、子なし、孫もない。はさまれている身内がいない。だから母親とは直接つながっているのを感じる。母を思う心が強い。②原爆前に、母は子どもをルルドのマリアさまへ導いた。「お任せします、マリアさま」。そんな心があったのだろう。それは正解だった。③母から聞いたカエルの話。わがままなカエルがいた。言うことを聞かない。山へ行けといえば、川に行く。勉強しなさいと言えば、遊びに行く。お母さんは老いて、さ、自分が死んだら、どこに埋めてもらおう。川と言えば、安全な山へ埋葬してもらえるだろう。それで、母さん、死んだら、川へ、ね。死んで初めて、わがままな自分に気が付いた。川へ埋めてあげよう。台風がきて、川が増水し、ああ、お母さんがながれると、カエルは、ゲロゲロと鳴くんだよ、と教えた。その母は、洪水ではなく、原爆の火の海に包まれて亡くなった。ああ、悲しいと、子どもは泣いている。④これまでも度々書いてきたが、いま一番大事に思うことは、母から貰ったお乳と、カトリックの教えだった。この教えを守りつつ、人生を終わります。そこには、つながる希望がある。死者につながり、聖人につながり、神の愛とイノチにつながる。それが希望なんです。⑤悲しいのは原爆の朝の別れです。いっしょに起きて、いっしょに朝の食事をした。行ってくるからね。母は答えず、悲しく見送ってくれた。それが最後の姿となった。クララ田川ワサ、享年45。あれから67年。もう84歳の老人になったよ。