2018年7月16日月曜日

傾聴ボランチア女性が来る。待っていた自分の語り

電話があって、予定の日が告げられていた。その日を待っている。炎熱の夏に、傾聴さんが来た。とにかく感心です。長崎市から電車に乗って、自腹でキップを買って、駅を降りてバスに乗って、歩いてホームへ。費用も、時間も、他人の悩み事の傾聴に費やして、我慢して忍耐して、全くの無報酬で帰って行く。相手が「ああ、話を聞いてくれたんだな」と思えば、それでいい、と言われる。世の中には、こういう女性も居るのだな、感心しながらも待っている心情が私には、ある。
★歳老いてくれば、将来に対する不安はある。ホームでも、歩いていた人が、何かの原因で、急に車椅子になる。急激な変化を見ている。終末医療というか、どんな病気になって苦しむのか。その苦難を、どのように消化していくか、課題だろう。
★心かけているのは、生活のリズムを崩さないこと。教会や自室で祈り、三食完食し、毎日、大のトイレがあり、よく眠る。そのために朝食は「おかゆ・大目」。昼食は「常食」。夕食は「おかゆ・軽く」。いまの所、これが調子が良い。外出した時に乱れるので困る。
★歩くチカラ、足が弱っているのは確かだ。それでも求められれば応じている。小学校での語り部や、両親の墓参り。やっぱりカラだに堪える。
★ホームの生活は本当に単調だが、もう慣れてきた。毎日、日記を書くのは楽しみでもあり、ボケ防止でもある。読んでくださる人も居るので、有り難い。支えてくださる人が居るのが、生きる推進力にもなる。勿論、内容に乏しいので苦労はしているが、何とか書いている。
★書く内容は、ホームの生活、出来事もそうだが、「人間が生きること」「生きる価値」など考えたいと思う。未熟な考えであっても、自分の言葉として印し、心に刻みたい。
★「お前には、生きつづける、義務がある」
★傾聴ボランチアさん、また来て下さい。待っています。面会人は、白浜さんと、東京の松尾修道士さんが来た。