2017年9月8日金曜日

聖マリアの誕生の祝日。マリアさまと共に生きる祈り

朝、ミサのとき、「今日は、聖マリアの誕生日です。教会で、誕生日をお祝いするのは、マリアさまと、洗礼者聖ヨハネだけです。マリアさまによって、救い主イエスさまがお生まれになった。愛と感謝をもって祈りましょう」という意味の言葉を述べられた。
★マリアさまには親しみがある。愛のお母さま。コルベ神父は、マリアさまで生きていた。長崎でも、修道士たちの話しを聞くと、「マリアさま」を如何に大事に信仰生活の中心にしていたか、何度も何度も、そんな話を聞いて過ごしてきた。
★コルベ神父は、朝、修道士たちに、短い、マリアさまの話をしていた。「マリアさまを愛しなさい。マリアさまに心も体も、全てを捧げなさい。マリアさまのために全てを奉献しなさい。マリアさまが、イエスさまのことを一番よく知っておられます。近いところに居られます。マリアさまを通して、イエスさまへ行くのが最も近道です」
★北朝鮮が、いま核弾頭を発射させて、毎日、話題になっている。その北朝鮮で生まれて、育って、カトリックの教えを守っていた少年の頃の私の心情は複雑だった。学友の皆んなは「仏さま」「何、何宗」なのに、自分だけがカトリック「教」だった。宗と、教にこだわった。しかしマリアさまの美しい聖絵があった。マリアさまを配ると、なぜか、学友たちは、おとなしく、好んで、聖絵マリアさまを受け取ってくれた。
★長崎へ帰って、聖母の騎士へ入って、心を清めるルルドもあったし、特にマリアさまに就いては信仰をもって教えられた。「イエズス、マリア、ヨゼフ」と、よく唱えた時期もあった。修道院では、出会うごとに、「マリア」と挨拶をした。こちらが「マリア」と優しく言えば、「マリア」と温かく呼び返した。身体に、そういう「マリア」「マリア」が一杯ついているのを感じる。
★マリアさまは、これからの私の人生をも、愛と優しさとお恵みで見守ってくださるだろうか。夕食も普通に食べて、数時間後、ベッドの上で、「イエズス、マリア、ヨゼフ」と呼んで、倒れて死去した修道士がいた。「さすが、長崎出身だ」と、誰かが言ったと聞いた。