2017年9月4日月曜日

ポーランド映画の取材。ゼノ修道士の「限りなき愛」

ポーランドで、ゼノ修道士の映画を作るという。取材班の一行がやってきた。題は「限りなき愛」。ドキュメント映画で、30分。ポーランド外務省宣伝の映画になる。午後から、2時間ほど、ゼノさんとの出会いや、思い出を語った。ゼノさんのような奇才は、もう出ないだろう。無欲で、貧しい人に対する兄弟愛で生涯を貫いた。
★15歳、母に連れられて、聖母の騎士のルルドに参詣する。度々、ルルドに来ていた。ルルドを掃除することもあった。ゼノさんは受付に居たので、当然、会っている。ゼノさんは、コルベ神父の時代に、騎士誌を配布するために、長崎市内を修道服姿で周っていた。長崎の人によく知られていた。日本語がヘタなところが愛嬌があった。ブラザーゼノは、ポーランドでも名の通った人物だそうだ。
★17歳。原爆の後、雨にぬれて、聖母の騎士の扉の捕り手を引いた。修道院の奥で、「チャラン、チャラン」と鐘がなる。ヒゲが美しいゼノ修道士が顔を見せる。中に入れてもらった所で、ゼノさんが聞いた。「お姉さん、どうしました?」。母が若かったので、お姉さんと間違えた。「原爆で、死にました」。ゼノさんの青い目から涙がこぼれた。
★ゼノさんを知っているとはいえ、ポーランドから私の処にも取材に来るなんて、光栄な出来事だ。修道服に着替えて、応じた。思い出してみると、テレビには、もう何度も映っている。原爆の体験もあったし、日本26聖人の映画もあった。「修道士の半生・生かされて」(48分)もあった。生き方が、一本道だったからであろう。
★お世話をしてくれたのは、ポーランド在住の写真家、山平茂美さんだった。一緒に同行している。明日は長崎の聖コルベ館を取材する。ゼノさんの遺品は沢山残っている。