2012年1月10日火曜日

会食の席で感じた2つのこと。落ち込むな、上がれ

挨拶がニガ手。どうしても、うまく、まとまらない。今度も満足しなかった。従姉(86歳)のご主人が亡くなる。修道服を着て、通夜、葬式で祈り、火葬場へも同行した。その後、会食があった。従姉とご主人の間に、子ども6人と、孫、ひ孫、合わせて40人が集まった。当然、食前の祈りの先唱を指名される。簡単に「修道士の自己紹介」と、「主よ、この食事を通して、私たちにアスへの恵みを与えてください」。それだけでいいのに、うまく舌が回らない。後に後悔が残り、申し訳ない気持ちになった。「ダメだな、心しても、やっぱりダメだ」。私の席は、従姉の隣。めったに会わない従姉が言った。「幸ちゃん(私のこと)が6歳のとき、朝鮮からお母さんと浦上へ帰ってきた。バアちゃん(従姉の母、私の母の姉さん)のところへ来て、幸ちゃんが、ウチ(バアちゃんや従姉の家族)のことを手製の新聞に作って、戦地へ行っている兄へ送って喜ばれた。バアちゃんが言ったよ。幸ちゃんは、ヨカ(いい)アタマば、しとる」。結局、何らかの文才があったということだ。この話は私は覚えないことであった。初めて、この席で聞いて、「ああ、よかったな。思い出が1つできた」と喜んだ。この日、挨拶はダメでも、ヒカルものは、やっぱり有った。ジンセイって、こんなものですね。

1 件のコメント:

  1. マリア・フランチェスカ2012年1月10日 22:07

    小崎さんの文章は
    リズムを感じ生き生きとしています。
    何時も読むと元気が出ます。
    文才は神様からの賜物ですね。

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