2015年9月28日月曜日

苦難を、乗り越えるチカラは、どこから来るのか

昨夜は、中秋の名月だった。お隣さんから、「月が出ているよ」と教えられた。家々の上に、山の線が見える。その真上に、見事な月が出て、暗闇に、浮かんでいた。月についての思い出はない。子どもの頃、先生から聞いた話に、武将・山中鹿之助は、月に向かって、「我に、七難八苦を、与え給え」と祈ったという。強くなりたいと願ったのであろう。戦争に突進する時代だった。
★きょうのミサでは、聖トマス西と十五殉教者を祈った。祈りの文言をよく、かみ締めてみると、殉教者が苦難に耐えて、キリストの愛にイノチを捧げたのは、その人たちも偉いが、実は人間が持っている力でなくて、聖霊による助け、神の力があったればこそ、弱い人間も致命に耐えた。そのように祈ったように思う。
★午前中、絵てがみ教室があった。何を描こうか。食堂のサッシ戸から、道1つへだてて、コスモスが咲き始めた。食事しながら、「きれいやね」と話題も及ぶ。コスモスを絵てがみに描いた。「秋に、なれば、入居、1年」と文字も添えた。「1年ですか」と先生。「ハイ」。聖フランシスコ園に入居したのは、忘れもしない、コスモスの花真っ盛りのときであった。いま、ちょうど、11ヶ月になる。この1年、振り返れば、考え尽くせぬ心身の動揺があった。乗り越えられたのは、誰の力か。「七難八苦を、与え給え」とは、とても祈りきれない。それでも我が人生はつづく。