2012年5月14日月曜日

み旨のままに。問いかけに、まことを尽くすのが人生だ

テレビの画面で、哲学者が言った。「いま、自分は、この時点で、何を、成すべきか」。自分への問いかけである。そのことは、いつも私も考えている。自分は何を成すべきなのか。残り少ない人生に、後悔しない生き方とは何か。成すべき何かは有るのか。知りたい。哲学者は、「その問いに対する答えは、自分の内から出てこない」という。何を、すべきか。「問いかける者がある。その問いかけに、まことを尽くして、答えていく。それ以外にない」と。問いかける者とは、私たちの信仰でいえば、神であろう。その声に、「み旨のままに」と応える受諾であろう。進めるか、退くのか。「心を騒がせるな」と、その問いかけは、まず語りかけているように思う。「み旨のままに、まことを尽くして、応じていくのが、私の人生だ」。とは言うものの、現実は、そう甘くはない。騎士誌の6月号に「み旨のままに、春」という記事を書いた。いつも思う。「問いかける者」を、もっと強く感じたい。それなのに、自分は何を成すべきか。後悔しない生き方は、何か。いつも問いかけで終わっている。いまを、セイ一杯、生きること。現実は難しい。膝は、むくんで、まともに歩けない。耳も遠くなったので、食卓での会話も聞き取れない。不便さ、いっぱい。今を生きているのは、惰性でないのか。それでも、生かされているのは、ありがたい。目をさましたい。遅々と進まぬ、か弱い行動であっても、見ていてくださる御者がいる、と信じたい。問いかける御者は、私の名前をご存知だ。希望をもって呼吸しつづけたい。足腰、痛んでも、歩むしかない。きっと、輝くものが前方には、ある。今日も1日、喜びのなかで生きていけそうだ。

2012年5月13日日曜日

京都から来た家族。いつまでも絆を大切に。信仰が幸せ

一団が、入館した。急に、大人数が入ってくると、つながりや、区切りが分からない。それで、とまどってしまう。圧倒されることもある。「どこから来ました?」「京都から」。しばらく様子をうかがいながら、「皆さん、カトリック?」「ハイ、そうです」。その中の1人の男性が、「私の洗礼名は、コルベです」と言った。コルベが居るならと、説明にも一層の熱意が入る。コルベ神父の部屋では、特別に祈った。ビデオを見せた後、「どういう関係?」。私の右に居るのが、お父さんで、5人は姉、弟たちだという。「それはお揃いで、めずらしい」。こんなに5人揃うことはないのだそうだが、この度はみんなで長崎へ来た。お父さんが16歳のときに洗礼を受けて、お母さんもカトリックで、5人も皆、洗礼を受けた。こういう家族は、つながりがあり、温かさを感じる。私は原爆の日、母親と別れた思い出を聞かせ、コルベ神父は家族思いだったことも聞かせた。私みたいに、兄弟が全く居ない、一人っ子からすれば、兄弟が多いのは、うらやましい。仲良くしてほしいと願う。なんだか、さわやかな気持ちが残る入館者たちだった。

2012年5月12日土曜日

エリザベットさん、ご縁が深まる。日記にコメントを

元日のエリザベットさんは、3泊4日の長崎の旅を終えて、東京へ帰った。長崎空港へ着いて、最初に来たのが聖コルベ館です。そして帰る日も、最後に聖コルベ館に来て、静かに時を過ごしました。「ここが好きなんです。落ち着きます」。面白いですね。今年の元日に、最初に来たのが、このエリザベットさんと、娘さんだった。ところが今度は、5月の連休に、岡山から青年が来て、「実は私は、大晦日に、年の最後に来たパウロです」と言うじゃないですか。パウロで、年を終わり、エリザベットで年が明けたわけです。つながり、ですよ。そのことを日記に載せた。それを見て、エリザベットさんは、もともと「長崎へ行こう」の気持ちに決心がついた。私は、そういう「つながり」が面白いんです。正月から、コルベ神父さまの本や、遠藤周作の女の一生も、「ゼノ死ぬひまない」も読んだという。「今度の長崎の感想は?」「サイン帳に書きました」。サイン帳を見る。正月のサインも見た。娘さんのサインもあった。「幼稚園のときに絵本で読んだコルベ神父さまの部屋に来て、嬉しい」とあった。コルベ神父の素朴な部屋は、誰でも、温かく迎えてくれる。愛の花びらは、いつまでも、枯れることは、ない。正月の感想は「悟」と言ったが、今度は、私には「楽」の一字に思えた。

2012年5月11日金曜日

神さまは常に、そばに、付いておられた。1歩、1歩に恵み

写真は、外海の海です。周りの世の中が便利になって変わろうとも、あの海だけは、昔も今も変わらない。人の心や、信仰は変わったであろうか。騎士誌の5月号に、1月、2月の入院のこと、『命をつなぐ』を書いたところ、外海のお年寄りの女性から、励ましの手紙が届いた。なんと、便箋に9枚も、改行もなく、いっぱいの字で書かれていた。「記事に驚きました。その後、体調はどんなでせうか」「小柄な身体で、あちこち痛む辛い体験を重ねながら、涙をかみしめての人生路に、慰める言葉も胸一杯になりました」「小崎さんのお力で、多くの人様との出逢いも頂いて、旅人にお茶一杯の、この世の仕事をあたえられ、生きる勇気と励みに、喜びと嬉しさをどれほど感じたことでせう」「くれぐれもお身体、大切に、体調が良くなられたら、おいでください」。ありがたい励ましの手紙でした。そして信仰の思いも書かれていた。「神さまは、常にいつでも、そばに、ついておられたと、今振りかえって、歩いてきた1歩1歩に恵みが満たされたことが、信じて祈ることの大切さを、老後の生活に幸せであったと感謝しています」「人は皆、キリストの身体の一部を背負って、手となり、足となって、教会の一員信徒としての務めを自分なりに背負って生きてきました」。この手紙をくれた女性こそ、山崎政行さんの妻、スマ子さんだった。その名文章に私はおどろいた。「ぜひ、来てください。待っている」と願っている。そこで、この度、「東京からのお客さんを連れて来ます」と電話で伝えると、スマ子さんは、まぜめし、伊勢えびの味噌汁などを、準備していたのだった。手紙には、昔の苦労話も記されていた。「昔は、芋カンコロめし、梅干しの塩漬け、大根の漬け物に、水をのんでの粗末な食卓にも、イエズスさまが一緒に座っておられるとぞ、父母の厳しい教えでした」「母は、ド・ロ神父さまの教えを受けて、祈りを、とても大切に教えた。神の存在を教えてくれた父母に、いま親の年に近づいて、しみじみ思い感謝している」「母の苦労、涙を大事にしたいと、兄と姉と3人、親孝行しようと、兄も姉もやさしい思いやりの中で育ったので、少々な苦労は、母にくらぶればと、がまん出来た」「近所は皆、仏教で、とても優しい思いやりのある人達で、仏様のめしを毎朝、下げるとき、兄が、おじさん、キリシタンはやめるケン、その仏様のめしば食わせてくれんのう、キリシタンはやめんで、よかケン、冷や飯をよばれたと、大笑いした。兄も60歳でなくなった。お世話になって大きくなったので、神父さまに話して、霊名はないけど、ごミサを奉げた。人間は心です。愛の行ないは心から、思いやりから始まると私は思います」

2012年5月10日木曜日

元日のエリザベットさん、千草さん、外海巡礼。山崎さん宅へ

登明日記の愛読者が、遠方から訪ねて来たのは初めてです。元日のエリザベットさん、名前は、美和子さん。空港からレンタカーを運転して聖コルベ館に来た。宿泊はカトリック・センター。私を介護をしてくれた千草さんの家も、センターに近い。2人は仲良く、到着の夜は、浦上天主堂の被爆マリア堂での聖母月ロザリオで祈った。次の日、美和子さんが、「外海へ行ったことがない」というので、千草さんも一緒に、レンタカーで出かけた。3人で聖コルベ館を出て、女神大橋をわたり、海の見える道を北上する。美和子さんは運転しながら、日記で読んだ、「手術前にウナギを食べたこと」「洗濯しながら千草さんがロザリオを唱えること」など、祈る姿に、「さすがは長崎ですね」と、笑いで、はずんだ。日記から「生かされている、喜び」を感じるそうだ。朝、読むと、1日中、その中の文面を思いつづけることもある。熱心に読んでくれて、嬉しいじゃないですか。「この世だけの勝負ではダメ。いま苦しくても、あとで神さまからの意味が分かる」「病気や、迫害されて、なんで、こんな目に会うのだろう、思うが、あとで意味がわかる」。黒崎の赤レンガ教会や、ド・ロ神父教会で祈った。幸い天候がよく、遠藤周作文学館からの海の眺めは、心を癒してくれた。ド・ロさまソーメンを食べる。そのあと、黒崎信徒の山崎政行さん、スマ子さん夫妻を訪ねた。さすが外海の信者さん、熱意あふれる信仰心に圧倒される。2時間、政行さんの説明は止むことなかった。最後に、奥さんの手料理、まぜめし、たけのこ、伊勢えびの味噌汁が、大きなお椀で出た。黒崎教会の石段でつまずいて倒れたよ。ああ、やっぱり歳だな。参りました。

2012年5月9日水曜日

元日のエリザベットさん、「来たーッ」の感じ。再度、面会

連休が明けた日、東京から電話があった。「元日のエリザベットです。長崎へ行きます。お会いできますか?」。今年の元日、聖コルベ館に、「最初に誰が来るか?」と興味深々だったが、見学者は待っても、待っても、誰も来ない。閉館少し前に、やっと来た母と娘(17歳)が居た。そのお母さんからの電話だった。最近は「登明日記」に、よくコメントを寄せている。私の方から働きかけなかったが、いつかは縁があるものと思っていた。それが、この電話だった。「いらっしゃい、待っていますよ」。長崎空港へ着くと、レンタカーで聖コルベ館へやってきた。元日は、夜だったので、顔もよく覚えていないが、ああ、この人か。娘さんは中卒で、就職したと聞いたので、お母さんに「いま思う漢字の1字は、何ですか?」と問うと、「悟」です、と答えた。何となくピンときたよ。「ワケありの、家族かな?」。応接室で、再会を喜んだ。「なんで悟りと、答えたの?」「ウチは、ワケありの家庭です」と。17歳の娘の上に、もう1人、姉がいるが、教育面でいろいろと悩んだ。結局、悟ったのが、親に原因がある。「お母さんが楽しむ姿を見れば、子供も自分のやりたいことが分かってくる」。2人とも道が開けた。中卒に期待すると、就職多難なときに、編集者の仕事についた。「病気は、不便かも知れないが、不幸じゃない」の教会での神父さんの教え。娘たちが、カトリック幼稚園に通ったおかげで、母と2人の娘は、洗礼を受けている。「信仰で、救われました。昨年の復活祭には、夫も、自分から洗礼を受けました」。正月から、ずーっと、小崎さんの日記を読みつづけてきたという。コメントもその都度、書き込んだ。4月は、18回におよぶ。「小崎さんが入院されたとき、本当に心配しました。洗濯物が洗えない。自分が行こうかとも思いましたよ。介護してくださった千草さんに会いたいですね」。話していたところに、千草さんが、聖コルベ館へ来た。「ああ、会いたかった」

2012年5月8日火曜日

子供の日。いい写真でしょう。めったに撮れない1枚

かわいい女の子がいた。「こっち、おいでよ」。素直に、寄ってくる。子供の日のイベントは賑やかだった。こんなに近くに、女の子が来るなんて、めったに無いからね。そりゃ嬉しいし、元気に育って欲しいと思うよ。私は時々、目をつぶって考えるんです。なぜ、ニンゲンって、「良いこころ」と、「悪いこころ」が共存するのだろうか、と。やっぱり有るんですね。修道士だって、2つの「こころ」が有るんです。「悪に負けない人間に育っていく」のが人生でしょうね。私が子供の頃、習った公教要理には書いてあった。「天主の存在は、①推理と、②天啓(聖書)によって知ることができる」。推理には、5つ挙げられていたが、そのうちの1つに、「人には皆、良心があり、その命令は勝手に無視できないから、良心の立法者が存在する」とあった。子供の頃は、本当に皆、いい子だよ。でも小3の、クラス運営には苦労したな。8人ほどしか居ないのに、「静かにしなさい」「クラスに入りなさい」「勝手に飛び出すな」「先生には丁寧な言葉づかい」。ホンロウされたよ。担任の女性教師も悩んだ。ところが私は、ある日、見た。小3の、一番のボス少年が、女性教師の背中にオンブされて、静かにしているのだ。それを、この写真の後で思い出した。ニンゲンの根底は「甘え」ではないか。そして「つながり」。これだよ、この2つで、ジンセイは回っている。