2016年6月27日月曜日

「愛のある出会い」を望みます。きっと救いがある

昨日の若者のことです。帰りしなに、湯江教会で、写真を撮りました。2人の若者にとっては記念になると思います。手を振りつづけて、車が消えるまで見送りました。わざわざホームまで面会に来てくれるのは、ありがたいことです。
★人間は、本来、「孤独な存在」です。特に、私には、そう感じます。何度も言うように、7歳で父親は病没し、兄弟はなく、一人っ子で、母と2人暮らしだったが、17歳のとき、原爆で、母と家を失って、全くの「孤独」となった。人生、ひと言で表現するなら、「孤独」でしょう。限りない孤独は、これまでの経験で、身に染みています。
★「孤独」から救われるのは何でしょうか。それは「愛のある出会い」だと思います。人生を生きる中で、それを感じてきました。一人の男性は、コルベ神父の身代わりの愛の出会いで救われた。宗教も、いわば、「愛である神さまとの出会い」ではないでしょうか。
★そして、その出会いは、ふしぎと、瞬時に行なわれ、ご縁になって、「つながり」となる。そこには算術はなく、ひかれるものが、あるだけです。2人が帰った後、その夜、そんなことを考えました。原爆の体験から、「助ける人に、なりなさい。困難が来ても、逃げない人に、なりなさい。許せる人に、なりなさい。平和は、人のこころに、愛の花を沢山、咲かせたときに来る」。いつも私は、そのことを考えている。