2013年10月31日木曜日

朝から、予約の診療へ。朝食の時、ライモンドにも食事を。

これが、ライモンドだ。抱き上げると、イヤがる。もちろん、家屋には、入れない。いつも、屋外を徘徊している。今朝、ライモンドの写真を撮るつもりで、昨夜は、夕食のとき、サンマの塩焼きを保存して、「これは食べるなよ」と皆さんに伝えた。朝のお勤めは、1時間40分かかる。お祈りが終わったのは、7時半近くだった。食堂へ行くと、ライモンドは屋外の扉のところに、正座して、待っていた。「ライモンド」「ニャオ、ニャオ」「オメクなよ。あげるケンな。その前にシャシンば、とるぞ」。イヤがるライモンドを抱き上げた。これがスナップです。「おまえは、幸せモンだ」。★予約の診察に出かける。「何ごとも、ありません」。40分待つ。尿の検査数値が出るのが、時間がかかる。診察は、3分で終わった。クスリをもらう。★タクシーで、別の医院へ。心電図をとる。クスリをもらう。明るい気持ちで、聖コルベ館へ帰ってきた。

2013年10月30日水曜日

ジンセイは短い。生きること、大切にしたい。ムダに生きるな。

朝がた、ラジオの深夜便を聞いた。86歳だけれども、明るくゲンキな声で語るお年寄り。「腎臓のガンで、片方を取った。大変な手術だった。そのあと、ボウコウ・ガンにも罹る。電気メスで切り取った」。聞きながら、オレと同じだ。ジンゾウ、取って、ボウコウも、病む。ラジオで語る人は、アンパン・マンの作者、やなせ・たかしさんだった。もう亡くなったけれど。生前の声だった。ラジオで、やなせさんは、生きていること、謳歌している。歌も自ら作詞・作曲し、自分で、大声で歌っていた。「すばらしい、ヒトやな」。やがて、5時になる。いつもの通り、ゲンキに起きた。身支度をして、真っ先に、聖堂へ行く。5時45分から、共同の祈りが始まる。祈ると、心が洗われ、やる気が出てくる。「生きているって、なんと、すばらしいことか。歌も唄えるじゃないか。祈りも出来るじゃないか。アッ、ハ、ハ、ハ。笑えるじゃないか。いい、ことタイ」。思わず、つぶやいた。ホンネを言うと、80代も半ばになると、1日1日が、とても惜しい。月日が過ぎ去るのも、また早い。いま振り返って、若い頃を思えば、ほんとうに、時間のムダ使いをしたモンだ。後悔するよ。ニンゲンは限られた時間を生きるなんて、思わなかったよ。時はエンエンとつづくものとばかり、勘違いしていた。そうだ、な。若いとき、何をするか。勉強するよ。外国語を覚えるよ。ジンセイ、やりたいことは、いっぱい、あったのになあ。今からも、ボチボチ、やるか。★「ピン、ポン」と鳴って、韓国の巡礼者が、23人入ってきた。

2013年10月29日火曜日

聖コルベ館に反響もある。手紙も来る。感謝も届く。見ている。

「トマさん、毎日、ブログを見ていますよ。おカラダ、大丈夫か、心配しましたよ。(韓国に行っていたから)。でも、チャンポン、食べたとあって、安心しました」。そう言われた。チャンポンが、安心、けっこう、効けたみたいですね。「どこのチャンポンか?と思って、よく見ると、長崎リンガー・ハットと分かりました」「よく、まあ、そこまで、わかったね」と、こちらが感心するばかり。★読者からの手紙がきました。慰められた。「小崎サンに、初めて手紙を出します。10年前から、騎士誌を愛読しております。様々な記事に励まされていますが、中でも小崎サンの、多くの人びととの出会い、病気の体験など、綴られるお話は、ほのぼのと、また楽しく、時には病苦の不安に打ち克つ、前向きな姿勢を示されて、教えられています。ありがとう」。こんなに感じてくれる方もいらっしゃる。ありがたく、嬉しいです。そして更に、この女性は、「『西九州キリシタンの旅』の本を持って、平戸、生月、天草など巡り、大変参考になりました」と感謝がありました。横浜の女性からです。★また、日本26聖人の映画のDVDを見て感激しました、という女性が来られた。キリスト信者ですが、神戸から夜行バスに乗って、矢も立てもたまらず、殉教者のことを思いつつ、巡礼の気持ちで長崎へ到着し、西坂の殉教地に来ました。聖コルベ館にも来ましたが、残念にも小崎サンには会えなかった、とメモを残されていた。電話で話が出来ました。★毎日が平凡な日々ですが、様々な出来事も起こっております。
 


2013年10月28日月曜日

病める女性、ルルドへお参り。本場のルルドへ行きました。

ロザリオ祭に、関西から、1人の女性がお祈りに来ました。病気を病んでいる方です。「小崎サン、おぼえていますか」と言われて、1ヶ月ほど前のことを思い出しました。娘さんと、2人で来た女性でした。大変な病気で苦しんでいます。いま、治療をおこなっている。前々から、聖母の騎士のルルドにお参りに来ていましたが、お水を飲みに、汲みに来ました。娘さんが、「フランスのルルドへお水を汲みに行きます」と言われた。そして今日、またお母さんが1人でやって来た。「小崎サンから背中を押されて、ルルドへ行ってきました」「え?フランスへ、ですか?」「ハイ。息子が、フランス語を勉強しているので、息子と2人で行きました。お恵みを沢山いただきました」。女性は、病気の養生をつづけています。病気は、お医者さんに言わせると、とても深刻だそうです。でも、女性は今のところ、痛みや、苦しみはないと言っています。骨にも転移があるそうです。手術は出来ない。抗がん剤の治療をしていますが、幸いに、クスリが特別に好く効いている。何とか、生きたいと願っています。女性は明るく、信仰をもって、マリアさまにもお任せしています。ブログを読んでくださる皆さん、女性のために祈ってください。お恵みは必ず現れるでしょう。希望をもって、祈りましょう。女性は「小崎サン、また来ますから」と言って、帰られました。病気は、1人1人違うので、希望はあります。奇跡もおこるかも知れません。最善を尽くすのが、神さまのみ旨です。女性のことは忘れないでしょう。

2013年10月27日日曜日

恒例のロザリオ祭。秋晴れのもと、多くの参詣者で賑わう。

朝から、いそがしい。開館と共に、次々と、シスターや、グループや、参加者が、三々五々、クルマで集まってくる。あの人、この人に、久しぶりに出会って、挨拶する。機嫌よく、話しかける。「おゲンキ、そうね」「ええ、まあ」。心配してくれるのは、ありがたい。こちらも、できるだけ、カラ・ゲンキを出している。疲れているとは、思われたくない。10時30分から、ロザリオの祈りが始まった。皆さんは、ロザリオの玄義の方へ上っていく。祈りながら、ルルドへ至る。玄義のところで、花撒きの少女が、花を散らす。修道士は、もう、ルルドへは、登りきれない。聖コルベ館で待機していた。神の島教会の主任神父さんが、司式をおこなった。聖コルベが開いたルルドに、集う皆さんは、220人あまり。年に2回、行なわれる。ここには歴史がある。歌声は山々にひびき、祈りは天へと登って行く。12時20分ごろ、祈りは終わって、皆さん、降りてくる。幸せそうなカオをして、聖コルベ館に姿を見せた。これで今年のルルド祭は天気に恵まれ、安心して無事に終わることができました。マリアさまのお恵みは、みなさんに有るでしょう。ルルドのお水を飲んで、さわやかな日々を過ごしております。聖母の騎士のルルドは有名です。多くの人が、お水を汲みに、また祈りに見えている。

2013年10月26日土曜日

古い写真を、懐かしく見つめた。命日は韓国に。いま祈ります。

亡くなった人、いつになっても、忘れない。10月19日が命日だった。忘れていたわけではない。ちょうど、韓国を旅行中だった。あれから、きょうは、1週間になる。神父さんに、その人のてめ、ミサをお願いした。もう今年で、45年になる。1枚の古い写真を取り出した。裏に、エンピツで、「陽なたぼっこ」とある。1064年11月2日。右より、アグネス・シスター。深堀おばあさん。ガブリエル・シスター。山田おばあさん。ジョン。名前が書いてある。シスター・アグネスが、その人。この写真の4年後に、亡くなった。心臓病であった。1968年10月19日、享年、40。同じ歳であった。心の優しい、看護の技術に長けたシスターであった。生涯を、神にささげた。両親や、兄弟は、みな、カトリックではなかった。亡くなった人は、身近に居る。見守ってくれる。そう信じたい。

2013年10月25日金曜日

食卓、にぎわす、柿。ああ、おいしいよ。食して、満ち足りる。

食卓に、いくつもの柿が並び始めた。「上の、木から取った、柿だよ」。この辺り、柿の木が多かった。「何本、あるとね」「2本、けっこう、なっているよ」。天然のものは、かっこうは、イマイチだが、うまさは、いいね。みな、よろこんで食している。★昨日は、この道で良かったのか、など記したが、それは迷いです。騎士誌に、もう何年も、毎月、書いてきたのを見ても、これだけの出会いがあったのです。足跡があったわけです。過去は振り返るな、とは言いますが、時には過去を思い出すのも、いい。人のジンセイって、そんなに大それた痕跡はないですね。平凡に暮らすのも、いいでしょう。★沖縄の小学生たちが、9月に、聖コルベ館へ見学に来たが、感想文が送られてきた。小学生が書く文には、心が揺らされる。返事に、手作りの、絵ハガキを、各人あてに、まとめて送ったから、いま頃、着いて、喜んでいるだろう。平和を愛する人になってほしいよ。