2013年12月7日土曜日

ポーランドの修道士たちの写真集。オタクの女性が送った。

ポーランドから、1冊の写真集が、郵便で送られてきた。大きな、重たい豪華な本です。「ZAKONY」と題がある。ポーランド語は分かりません。内容から見て、ポーランドの修道会の紹介のようです。送ってくれたのは、「アンナ・ヴァニタチストゥコワスカ」さんです。覚えていますよ。ポーランドから、アニメの雑誌が送られてきたことがあった。日記にも載せました。10月7日でした。アニメの雑誌社に勤める「アンナ」さんです。アニメの雑誌に、『焼けたロザリオ』のポーランド語版を紹介したと、記事を載せていた。ありがたいと思って、返事に、お礼と、オタクの下敷き数枚と、雑誌を送ったら届いたようです。そのお礼に、また、この豪華な写真集を送ってくれたのです。★写真集のなかを見ますと、豪華な写真なので、すばらしいと思いました。もったいないとも思いました。ポーランドの色々な修道会の紹介のようですが、修道会の系統には、ベネジクト、アルベルト、アウグスチノ、フランシスコ、クララ、などがあるようです。行列や、祈りや、食堂や、行事などが、美しい写真で紹介されています。これを見ると、カトリックの力、祈りの力、熱意、活気、そのような燃えるものを感じました。内容を皆さんにも見せたいです。それで動画を入れました。見てください。


2013年12月6日金曜日

聖ニコラスの記念日。サンタ・クローズの起こり。愛の贈り物。

今朝、ミサのとき、聖ニコラスの名前を見ました。4世紀の司教さまで、貧しい家族を助けるために、窓からお金を差し入れした。それが原型になって、サンタ・クローズの名前が世界に広がった。キリスト教は、子どもを大切にする。その精神があります。これまで何十回とサンタ・クローズに接してきたが、いちばん思い出に残るのは、戦争が終わった年のクリスマスです。戦争を生き抜いた修道院で、アメリカ軍からのご馳走があって、永井隆先生も招待されて、一緒でした。宴もたけなわの頃、受付の鐘がなって、受付係りのポーランド人のグレゴリオ修道士が『おみやげ・プレゼント』を持って、食堂へ入ってきた。そして、こう言った。「今年は、長崎は、原子爆弾でやられた。沢山、憐れむべき人が居るので、忙しくて来れない。来年は、沢山、お恵みと共に、沢山のバツも持ってくる」。みんなを湧かせた。そのグレゴリオさんもポーランドへ帰って、100歳で亡くなった。次の年は、修道院のなかに、戦災孤児、原爆孤児の施設が出来ていたので、サンタ・クローズはやってきた。プレゼントはアメリカ軍からの差し入れが多かった。そして3年目の年、それが、この写真です。サンタ・クローズは司教の姿、天使も、悪魔も居た。神学生たちが扮した。手前はゼノ修道士です。ゼノさんもプレゼントに一役かった。平和になれば、サンタさんも来る。なぜ、戦争など、したのだろう。不自由から開放されて、自由の尊さを知った。戦争をして、苦労をして、何になるのだろうか。いちばん、食べたい盛りに、食料がないのが、最も苦しかった。惜しくて、ザンネンでならない。


2013年12月5日木曜日

東北の女子高校生たち。今年、最後の学校。平和学習。

コルベ神父の愛に惹かれて、学生たちが平和学習に来る。今年は、修学旅行の児童・生徒、20校あまりが聖コルベ館へ来て、平和学習を行なった。今日は、最後の学校、東北から仙台のカトリック女子高校生たちが、102人が来た。先ず聖堂に入ると、1連のロザリオの祈りを捧げた。こんな学校は初めてです。下の写真が祈る皆さんです。その後、例の如く、修道士のお話しがあり、それからルルドへ登った。「長崎は、どう?夜景は、きれかった?」「ハイ。すばらしい眺めでした」と満足そう。「東北だから、流された華族もいるのでしょう?」。クラスのなかにも、被害を受けた生徒もいるという。彼らは、それぞれ大きな試練を受けている。この度の災害で、多くの人から援助を受けているが、特記すべきは、ポーランドから受けた援助だった。ダンボール箱に、何個分も、励ましの手紙が届いたという。ポーランドの人たちは、日本の災害に特に敏感に反応して、援助してくれた。阪神淡路大震災のときも同じです。ポーランドとの交流が出来て、この学校から、20人あまりが、今年の3月に、ポーランドへ行った生徒も居る。クラクフにホームステイをして、アウシュビッツへも行った。思い出の旅行でしたと、語っていた。★また、ある女生徒は、ゼノ修道士のミュウジカールで、別口で、ニエポカラヌフ修道院へも行った。ゼノさんの写真を入れて写真を撮った。短い時間の出会いだったが、さまざまな広がりを見せた。

2013年12月4日水曜日

再び、聖ザビエル祭。あの感動。キリストの心で生きる。

昨日、聖ザビエルの祝日に当たり、戦後、間もなくの聖ザビエル400年祭の写真を載せたところ、2人の司祭から、「めずらしい写真」「ローマンさんの歳は、100歳?」など、興味を持って聞かれた。ついでに、400年祭の写真を載せます。ローマから教皇さまの特使、ギルロイ枢機卿(今でも名前を覚えている)と、アメリカ人司教、スペイン人司教など、上の写真は、長崎駅に、聖ザビエルの聖腕を掲げて到着された。歓迎に行きました。下の写真は、次の日、駅前の西坂でのミサです。2万人におよぶ信徒が集まった。原爆で、8千5百人が、犠牲となった。残る浦上信者は、4千人。皆が参加し、しかも長崎県下から、県外から、交通事情が悪いのに、盛り上がる信仰の熱意で、見てください、この人、人、人ですよ。よく、まあ、この写真はどこから撮影したのか、日本26聖人殉教の丘・西坂ですよ。こんなに広かったのか、なあ。そう思います。白いのは、女性のベール、黒が男性、はっきり分かれている。祈りました。戦争中、どれだけ迫害されたか。弾圧されたか。バカにされたか。それらは皆、解放された。平和が来たよ。2度と、戦争も、弾圧も、自由を奪うことも、止めてくれ。喜んで、信徒たちは、感謝の祈り、平和への祈りを捧げました。覚えています、あの熱気を。そこから日本のカトリックは、また復活したのです。★信者は立ち上がったが、「信者」「未信者」、そうじゃない。信者だけに天国の門は開かれていて、未信者は救いがない、そうではない。親も、兄弟も、友人も、みんな全く同じ状態なんです。私たちだけが救われるのではない。同じ人間であり、同じ日本人、地球人です。カトリックだけが別人ではないのです。全く同じレベルのなかで、白いベールや黒いアタマは、キリストの心、キリスト教的な人生観で生きて行きたいと思って、歩んでいるわけです。親が、兄弟が、悪いのでなくて、ただ自分が、キリストの心を受けて、生きたいと願っているだけです。ただ1つだけ、覚えてください。わかってください。「人間は、神から創られた存在である」「神から出て、神に戻る存在である」


2013年12月3日火曜日

聖ザビエルの祝日。戦後、間もなくの祭典は、忘れない。

聖フランシスコ・ザビエルの祝日です。ザビエルといえば、日本に初めてキリスト教を伝えた宣教師ですから、歴史の本にも登場し、誰もが親しく知っているでしょう。ザビエルの思い出といえば、強烈な痕跡がある。戦争が終わって、これまで迫害されていたキリスト教は、自由に信仰が出来るようになった。その頂点が、戦後、4年後に行なわれた『聖ザビエル400年祭』です。長崎・会場では、それは盛大な祭典でした。聖ザビエルの聖腕が、長崎駅に到着するや、全市民がこぞって歓迎しました。その時の興奮を覚えています。21歳でした。浦上天主堂の廃墟を整備して組み立てられた祭壇(写真・中央に聖ザビエルの御姿・両脇は天主堂の廃墟の壁)に、多くの信徒が雲集して、平和と自由と信仰の喜びを祈り、歌いました。あの感動は、戦後のカトリック歴史の大きな出来事です。そして強調したいのは、この祭壇を築いたのは、指揮をしたのは、記憶では、ポーランド人修道士のローマンさんでした。戦後は物資がなかった。ローマンさんは進駐軍などと掛け合って、資材を集めて、自由の発想で作り上げたのです。修道服を着たままの姿で、現場で、采配を揮っていた。姿が、今も残っている。「偉いなあ、ローマンさん」。今でも感心しています。ローマンさんは、100歳で、老人ホームで静養されている。人が生きている限り、歴史の思い出は消えない。


2013年12月2日月曜日

夏休み訪問の家族。奥さん、神に召される。安息を祈る。

訃報を聞くのは、悲しいことです。夏休みに、東京へ久しぶりに行った。東京で、最初に訪ねたのが、墨田川の近くの木島さんのお宅だった。そのときに写した写真です。もう何10年からのお付き合いで、戦争前から、町工場を経営してこられた。上京する度にお世話になっていた。長崎へ、オラショの旅で来られたり、26聖人の映画上映でもお世話になった。写真・右は、ご主人。イグナチオ教会へ通っておられる。左端が、奥さん。隣が娘さん。(7月27日の日記に載せた)。1通のハガキが届いた。「8月13日、妻、マルチナ美恵子が、93歳にて帰天しました」。びっくりしました。え?おゲンキだったのに。なぜ?電話をかけると、亡くなる前日まで、普通に生活し、夜は休まれた。朝、亡くなっておられた。静かな臨終でした。神さまの安息を祈ります。★あのとき、訪問した時、木島さんのお宅を出て、帰りしなに、交通違反にあった。ちょうど隅田川の花火大会の日で、右折禁止になっていた。お巡りさんに咎められたことは、木島さんには打ち明けなかった。美恵子さんは心優しいお母さんだった。


2013年12月1日日曜日

12月。落葉を拾うと夢がある。出会った人だけ宝がある。

食堂の窓から、毎回、見えている、色鮮やかな紅葉です。ますます色づいて、今が最高です。ああ、今年も早や、12月に入ったね。そう思いながら、色にも魅せられて、紅葉の下まで、足元に気をつけて、よちよちと歩いて来た。ツバキも咲いている。石の道には、可憐にも、落ち葉が美しく散在する。「ジンセイって、ある人を、踏みしめて、登りつめていく」。落ち葉を踏みしめ、そんなことを考える。落ち葉を見れば、寂しいが、人間の「肉体は、朽ち果てるとも、タマシイは天にあげられ、カラダも復活し、人格・ペルソナルティは、永遠につづく」と、今朝、ミサのときには、そんなことも口ずさみました。感動、カンドウ、何にカンドウするか。常日頃、見ている風景や出来事でも、一瞬、アッと、パアッと、敏感にヒラメク時がある。それがジンセイに瞬発力を与えるんですね。★気持ちだけは、夢を見るんですね。この歳になっても、勉強したい、思います。タカラものを発見する。宝物は、未来には、ないでしょう。過去にあって、埋もれているものを、発掘する。過去に、いろんな人に出会った。教えられた。学んだ。いろいろ有りましたよ。それや、それ、散り行く紅葉の下で、思います。