2018年3月4日日曜日

背中に背負った十字架。主よ、助けて。まだ生きる


久しぶりの長崎市。メガネ橋の所で撮りました。「ランタン祭り」の最中のようです。人の幸せって、何んだい? それは自分の足で歩けることです。歩ければ、どこへでも行けます。そういう当たり前の事、平凡な事が若い時は分からなかった。歩ける内は幸せです。
★ジンセイって、本当に「まさか」「まさか」の連続だった。病気をしないこと、健康であること、これが幸福の基本です。私の背中は、見えないから全く気がついていなかったが、背骨に添ってタテに1本の大きな手術の跡、中央から左横に1本の手術の跡、同じく右横に1本の手術の跡、十字架の形になっている、と気がついたのです。タテのキズは、足のスネの骨を箸の長さに切り抜いて、背骨に埋め込んだ。左横のキズは、肋骨を抜き取った。右横は、腎臓を摘出した。十字架を背負って生きてきたんだ。主よ、助けて下さい。こんな私を90歳まで生かして下さって、「神さま、いいんで、しょうか。すごーィ、お恵み」。振り返れば、痛みも、苦しみも、喜びも、主はご存知だった。神に感謝、としか言えない。
★名前は、どうでも、いい。その人の行為が、心に残る。

2018年3月3日土曜日

ホームのひな祭り。生きビナさま。春の盛り上り

歳は取っても「ひな祭り」。女性の皆さんは楽しそうです。ホームには女性が多いのです。子供の頃、若い頃と、いろんな思い出があるでしょう。午後から全員が食堂に集まり、コーヒー、緑茶、ココアの飲みものと、桃マンジュウが出ました。そして登場したのが、職員さんによる「生きビナ」です。みんなで「ひな祭り」の童謡を歌い、迎えました。なごやかな雰囲気になり、笑いも起こり、何か、いい事がありそうな気がします。ああ、もう春ですね。
★90歳になって、やっと老人の仲間入りが出来ました。待ちに待っていた卆寿の誕生日は、アッと言う間に過ぎました。沢山のオミヤゲも貰ったし、会食で祝ってもらい幸せでした。贈り物の中に、こんな一文がありました。「トマさんにお願いがあります。神さまとご相談しながら、あと10年、この世で聖コルベ神父さまと聖母の騎士の事を語り続けてください」。嬉しいじゃないですか。でも、イノチは神さまのことです。この世で、一番大切なのは、愛とイノチです。いつまでも聖コルベの中に光る「身代わりの愛」と「神のイノチ」を伝えて行ければ幸せです。

2018年3月2日金曜日

卆寿の誕生会。旅の仲間5人に囲まれて喜びのトマ


ポーランドへ10回行った。最初は1971年、コルベ神父の列福式の際の旅。最後は2004年、20数人を案内してチェコと、コルベ神父ゆかりの地を巡礼した。その旅の仲間が4人集って、卆寿の誕生祝いをしてくれた。長崎市・浜町のアーケード街にある「ロシア料理・ハルビン」での集いです。従姉のシスター田川、元・純心高校英語の山長先生、同じく科学の小隈先生、お世話役の神田千草さん。それに高原修道士さんでした。旅行から14年が経っているのに、その思いは深く刻まれ、「旅の中で一番良かった」「印象に残る旅でした」「親切に、よく小マメに動き周るトマさんでした」など語らいました。あの頃が懐かしいです。もちろんポーランドの勲章も見せました。ポーランドの旅の仲間ですから、本当に喜んでくれた。「ストリーになかった。神さまは見て下さっているのね」など言葉を頂き、よい雰囲気のなかで、ゆっくり楽しく過ごすことが出来た。
★90歳の誕生日に当たって、次の方々からお祝いを戴きました。お花=北海道の裕子さん、祝・卆寿・登明・金文字入り・箱入り黒塗りの箸=浜松のひろみさん、霊的花束=福岡の美幸さん、チョコレート=広島の光昭さん邦子さん夫妻、お花=鳥取のみどりさん、お花=福岡の昌子さん須磨子さん、昭和3年3月1日の「お誕生日新聞」=鎌倉の潔さん、額入りお花=みふみさん、カーデガン=山梨の敏枝さん。心温まる贈り物でした。有り難うございます。

2018年3月1日木曜日

満90歳の誕生日。卆寿からの出発。夢と希望あり

「Ponny」さんのコメントを読みました。誕生日にあたり、(聖コルベ館の隣の)幼稚園の娘さんから、2回にわたり「トマさん、大好き」「トマさんに会えますように、朝夕、マリアさまに祈っています」の言葉を頂き、喜んでいます。いつか会えると、いいですね。何年後でも、会えると喜びになります。
★誕生日ですから、娘さんに、「トマさんの赤ちゃん」の写真を見せて下さい。かわいいでしょう。何を考えているのでしょうかね。「トマさんも、こんなに、あったんだよ」。それが90年の長がーィ、ジンセイでした。マリアさまが大好き、マリアさまに祈る子供に、そして愛と清さの心で育って下さい。かならず幸せになります。トマさんも、お母さんからお乳をもらう時、かならず、マリアさま、イエスさまの御名前を聞いて、唱えて、飲みました。90年が経った今も同じです。3月は、幼稚園の卒業ですね。ゲンキで、明るい成長を祈ります。
★今朝は、いつものように4時半に起きて、身なりを整えて教会へ。「教会の朝の祈り」「ミサ」で祈りました。ミサは感謝のため捧げて戴きました。ミサ初めに、「一緒に生活しているトマ修道士が、90歳を迎えました。感謝のミサを捧げます。ご一緒にお祈り下さい」と司祭の言葉がありました。
★ミサで祈りながら、感慨深い思いがあった。北朝鮮の町で生まれて、中学生のとき、母の故郷・浦上に帰ってきて、原爆で母を失った。ポーランド人修道者たちに救われて、ポーランドの勲章をもらってしまった。様々な人との出会いが、アタマの中で交差しました。人生って、生きるって、本当に不思議の連続ですね。
★今日は、昼食に、長崎市内で、5、6人の有志が集まって、卆寿の誕生祝いをして下さるそうです。朝、9時過ぎには、高原修道士さんの運転で出かけます。どんな会食、会話が出るか、楽しみにしています。「そうだ、勲章を忘れないように、持って行こう」。帰りは、4時頃になるでしょう。

2018年2月28日水曜日

人生、80代、最後の日。いや、苦難の日々でした

リッパなお花が届きました。北海道の荻野裕子さんからです。時々、マリア・フランチェスカの名で、コメントも戴いています。心から嬉しいです。有り難う。「ああ、人生の、80代は終わるのだな」。そんな気持ちが身に沁みました。
★80代を振り返って見ると、苦難に満ちた年代だったと感じます。まあ、10代の頃から、カリエス、結核で苦しんでいたけど、80代は「ボウコウ・ガン」と尿が全く出なくなる腎臓病で、毎年、入院の繰り返しでした。それでも何とか生き延びました。神さま、人さまのお恵みですよね。
★それでも80代の前半は、黒島、平戸、津和野、出雲、広島、鳥取、沖縄、韓国へも2度、東京へも出て、日記の読者23人と赤羽で出会いました。楽しい思い出があります。後半は、突然の不具合になり、ホームにお世話になる大きな環境の変化がありました。ホームに入っても、皆さんの応援と、日記を読んで支えてくださり、修道誓願の金祝があったり、ポーランド勲章まで戴きました。慰めもあったのです。「おまえの人生で、すごく、ふしぎなこと、なかったか?あったよな、沢山」。しみじみと、この言葉を噛み締めております。確かに、そう言える心境です。
★これから先は、どんな未来が有るのか分からないが、祈りつつ、願いつつ、希望と勇気を出して、今を、今日を、日々を、生きて行こうと思います。
★長崎・聖母の騎士修道院から、松下修道士さんが来て、お祝いに長崎名物「桃カステラ」を下さった。いつもお世話になっています。

2018年2月27日火曜日

80代、最後の湯は「名水の湯」。満足しました


「名水の湯」です。ホームから、更に山へ、車で10分。「いこいの村」があります。ホームの廊下の窓からも見えます。「今月の野外活動は、湯に入りに行きます」。10人ほどが参加しました。
★湯に浸かって思いました。「80代、最後の湯だね」。更に思ったよ。「人生、いろいろ有ったが、恵まれていた。だから、今が、ある」。一言で言えば、そういう事でしょう。いい湯でした。入浴料は今日まで200円だそうです。この辺は水のキレイな所です。眺めもよく、名水の湯の広いガラス窓からは、ホーム付近の町々、有明海、干拓堤防、遠くに雲仙岳が見えました。それだけでも満足でした。

2018年2月26日月曜日

何年、何十年経って、騎士誌の読者から感謝の手紙


昼食は「マルちゃん・ラーメン」の「トンコツ組」と「味噌組」でした。前もって、栄養師さんが「どちらが、いいか」聞いて廻った。何十人も居るのに、そりゃ大変です。食べる方は、いいですけどね。瀧神父さまも、トマも、トンコツ組でした。
★年配の女性が、長崎教会めぐりに来て、聖コルベ館を訪ねた。トマに会えるかと楽しみにしてきたのに、居なかった。便箋2枚に気持ちを書いて、言付けて去った。その手紙がホームのトマに届いた。何年も、何年も、騎士誌に載った小崎さんの記事を読むのを楽しみにしてきた。お陰で洗礼に至ったと思う。長崎へ行ったら、ぜひ会いたいと願っていた。騎士誌を読んだお陰で、主人も、息子も嫁も、孫も、洗礼を受けたのです。
★何年も、何十年も経って、こういう「お恵みを戴いた」と手紙が来て、教えられるのは本当に有り難いと感謝する。神さまの導きは、どこで、どう行なわれているか、私たちは知らない。祈りには、「つながり」がある。信仰とは、つながり、である。神につながり、見知らぬ人につながり、死者につながり、聖人につながる。信仰に励みたいと、1通の手紙を手にして思う。
★「トンコツ」が、いいか。「ミソ」が、いいか。どっちも食べた。メンが違う。味は「マルちゃんのミソ」が、おいしく感じたな。