2019年3月21日木曜日

ヨゼフ・クリニックの高木先生。20年来、心身お任せの診察

長生きの秘訣は、信頼ができるお医者さんに出会うことです。ヨゼフ・クリニックの院長・高木正剛先生。毎月、1度、定期の診察に通っている。もう20年近くになる。
★ホームから高原修道士さんの運転で、長崎市坂本のヨゼフ・クリニックまで約1時間かかる。いつも9時頃に到着。もう診療が始まって、待合室には、5、6人がいる。「ブラザー」と先生がマイクで呼ぶ。今日の診察は、問診のみだった。
★高木先生の写真を撮った。後方に、薄く、「聖ヨゼフと幼子イエス」の額縁が掛かっている。これはトマが高木先生に贈った、コルベ神父が持参の聖絵・額縁だった。高木先生はカトリック信者。霊名はヨゼフ。それで開業に当たって「ヨゼフ」の名を付けた。「患者さん1人1人を、家族のように大切にして、快復に最善を尽くし、祈りの中に、苦しみと喜びを共にする」。それが先生の信念だ。神父さんや、シスターも診察に見える。
★「生かされているからには、人、使命が与えられている。ブラザー、大丈夫だ。100まで生きる」と励まされている。一緒に写真を撮ろうと、うながされた。まんざらでも、ないね。不整脈も治まるよ。
★先日は聖ヨセフの祭日だった。ヨゼフ・クリニックも忘れてはイカンね。「患者も家族も、病気と戦っている。ヨゼフさまなら見守ってくださるだろう。イエスを、傍らで、やさしい眼差しで見守った。ヨゼフの心なら、病気と戦う勇気、気持ちを少しでも持たせることができる。浦上の地に開業したのも、何かの縁だったに違いない」と高木先生。趣味は登山、祈り、読書。待合室には沢山の本が並べられている。
★トマが、ポーランド勲章を貰った新聞記事を、待合室に長い間、貼ってあった。リハビリの機械類が完備。聖ヨせフは、クリニックで働く医師、看護師、病者を、静かに見守っている。

2019年3月20日水曜日

中国人の女性、熱い思いでトマの日記よむ。コウさんに、降参

中国人の女性、黄雲霞(コウ・ウン・カ)さんがホームに訪ねて来た。「トマさんの日記の愛読者よ。誰でもトマさんを訪ねているね。台湾人の許さん、来たでしょう。私も東京からトマさんに会いに来ました」
★黄さんは言う。「瀧神父さん、入江さん、傾聴ボランチアの女性、高原修道士さんは良く車を運転して助けるね」。話を聞いて、もう、びっくりだよ。たまたま女性・職員が入ってきた。「あの人、事務長さんの奥さんね。娘さん、2人いる。シスターね」。え?そこまで、顔まで知っているの?「かわいい『はな』ちゃんも居るね」
★更に、「アメリカから永井隆の名前をもらった青年、来ましたね。流しソーメンを食べた」。確かに居た、あれ何年前だったかな。家族が来て、近くの「轟の滝」で冷やしソーメンを御馳走した。そんな事まで知っているの。降参だな。マイッタよ。愛読者というより、日記に燃える人だよ。お菓子のおみやげも沢山いただいた。
★今度は、黄さんの話を聞いた。中国は、上海(しゃん・はい)出身。お母さんが昭和13年生まれで、上海のイグナチオ教会(立派な、大きな教会だそうです)でカトリックの洗礼を受けた。お父さんは早く亡くなる。
★10年前に日本へ来て、日本人と結婚した。2年前に、お母さん(霊名テレサ)が上海で亡くなった。それを切っ掛けに、カトリック教会へ行きたくなった。ネットで調べると、住所に近い教会は、赤羽教会だった。水浦神父さん(写真・左2人目)から要理を教えられ、指導を受ける。去年の復活祭に洗礼を受けた。霊名はマリア。水浦神父さんは長崎へ転任となった。信徒の金子さん(写真・左)に運転を頼んで、ホームに面会に来たのです。
★洗礼を受けてから、トマさんの日記を見つけた。毎日、午後3時、4時頃に読んでいる。2年前、3年前、以前の日記も検索して読んでいる。読んだ内容は、しっかり覚えている。「こんな熱心な愛読者も居るもんだ」。トマは唯ただ感心するばかり。
★「洗礼を受けて、何か変わったこと、ありますか」「お母さんは教えましたね。人間は、小さい子供、老人に優しくする。チカラない。タヨリない。子供、何も出来ない。祈るとき、母の言葉を思い出します」。赤羽教会の福祉会長さんと、ルーマニア人助任司祭のペトロ神父さん(同じ年だから、とても仲がよい)と、「弱い人、助けたい。病人やホームの訪問をします」
★中国人の黄さんは、ゆっくりホームで過ごして、瀧神父さんとも会話して喜んでいた。こんな熱烈に燃える人が、隠れた場所で、日記を楽しみに読んでくれているのだな、と思うと、本当に慰めと励ましになりました。黄(こう)雲(うん)霞(か)さん、ありがとう。また来てください。

2019年3月19日火曜日

聖ヨセフの祭日。修道士ヨゼフさんのお祝いの日。85歳頑張る

ホームに隣接する湯江教会・修道院には、4人の修道者がいます。コンラード濱田院長神父さん、パチフィコ山内(ホーム)園長神父さん、ヨゼフ橋口修道士さん、洗礼者ヨハネ高原修道士さんです。
★きょうは聖家族の守護者、聖ヨセフの祭日です。ヨゼフ橋口修道士さんの修道名のお祝い日です。橋口修道士さんのため、ミサが捧げられました。ミサ後に撮った「ヨゼフさん」です。彼は「ヨゼフさん」と呼ばれて親しまれています。明日が誕生日で、昭和8年生まれ、85歳になります。19日が修道名のお祝いで、20日が誕生日とは、毎年、恵まれていますよね。
★ヨゼフさんは、外海・黒崎出身で、3歳から長崎市に住んでいます。兄弟姉妹は9人です。中学卒業後、造船所で働いていましたが、17歳で聖母の騎士修道院へ入りました。翌日から農業の仕事に励みました。炊事場でも働きました。炊事の主任、ポーランド人カシアノ修道士さんは、聖ヨゼフに対して特別な信心を持っていました。修道名に「ヨゼフを付けなさい」と勧めたのは、かシアノ修道士さんでした。
★一生涯を修道士で貫くのは、大変な苦労があります。何度も逃げ出そうと思った誘惑もあります。その時、ミロハナ神父さんが、大きな十字架を置いて、「これを乗り越えて行きなさい」と言われて、さすがに弱音を吐くのをやめて、祈りながら努力を尽くしました。ホーム聖フランシスコ園でも、2度にわたって15年ほど事務長を務めました。ホームの歴史も内情もよく知っています。
★ヨゼフ橋口修道士さんの修道名のお祝いは、先日、濱田神父さんの「ダイヤモンドのお祝い」と一緒に、8人で行なわれました。17歳から、85歳まで、よく頑張りました。「ヨゼフさん」「ヨゼフさん」と、皆さんから信頼されています。「好きな言葉は、何ですか?」の問いに、「わたしが、あなたを、えらんだ。あなたが、わたしを、えらんだのでは、ない」、これです。
★「大切なのは、神さまとの対話。お祈り。責任は神さまが取る。神さまは人間を大事に創られた。人間には弱さもあるが、神の愛がある。神さまに、祈ること、語ること、相談することです。必ず聞き入れられる。親たちには言うんですよ。子どもには、きびしく、やさしく、あたたかく、この3つの言葉を混ぜ合わせて、与えなさい」。ヨゼフ橋口修道士の教えです。
★きょうは、午後から、小長井町のシスターの修道女会・聖ヨゼフ小聖堂で、記念のミサが行なわれる予定です。参加のため出かけます。「平和と、神さまの導き」を祈ります。

2019年3月18日月曜日

濱田院長神父さん、司祭叙階60年・ダイヤモンド祝の日です

ホームに隣接する湯江教会・修道院の院長、コンラード濱田盛雄神父さん。いつもお世話になっています。今日が、ちょうど司祭になって60年になります。「ダイヤモンド祝」の日です。濱田神父さん、おめでとう。26歳で司祭になったから、86歳になられる。お元気で、教会のお仕事に励んでおられます。
★濱田神父さんの言葉。「金剛石(ダイヤモンド)も研かなければ、ただの石だよ。今、思うことは、毎朝、祭壇上で主の尊い御体と御血を信仰体験し、生かされていることです」
★昭和7年生まれだから、戦争中は軍国少年だった。夢は少年航空兵を目指していた。ところが終戦で、目標が消え失せる。迷う少年に、神学校入りを勧めたのは、教会信徒の「教え方」さんと、主任神父さんだった。兄のヨアキム増治さんが既に聖母の騎士修道院の神学生だった(後、司祭となる)。
★兄の後につづき、聖母の騎士に入る。司祭叙階は東京・神田カトリック教会で行なわれた。以後、東京に15年勤めて、長崎で45年勤めた。1981年2月、教皇ヨハネ・パウロニ世が来崎した時には、聖母の騎士修道院・院長を務めており、お迎えする準備に万全を期した。教皇座の椅子や、祈祷台を特注したり、教会の外壁を塗り替えた。兄のヨアキム増治神父さんが逝かれて、もう15年になる。
★司祭として、60年も勤めるのは大変なご苦労があります。それを乗り越えて来られたのは、努力と、祈りと、多くの人の助けがあったからでしょう。
★昨夜は、修道者たち8人が集まって、司祭叙階ダイヤモンドのお祝いを行なった。司祭が5人、修道士が3人。トマも参加した。濱田神父さんに付いて思うのは、「挨拶上手」に感心します。聞いていて、完ぺきで、安心ができる。ユーモア、優しさもあり、ちょっと、辛子の効いた言葉もある。
★濱田神父さんが説くのは、まず「礼儀作法」「己を正すこと」「思いやり」を持つこと、人間としての生き方を先ず身に付けるように勧めます。
★きょう、島原から、4人のシスターがホームの訪問に来た。「4人のうち2人が転任するので、お別れのドライブに来ました」という。このシスターたちの修道院に、1泊お泊りして、トマと高原修道士さん、谷村神父さんがお世話になった。夕食、朝食もいただいた。その節は、ありがとう。また、いじゃましますよ、と言いつつ、ああ、ちょうど、よかったね。濱田神父さんの「ダイヤモンド、だよ」。シスターの中には、濱田神父さんと同郷のシスターもいた。皆さんで喜びと、話が盛り上がった次第でした。シスターも、いいお顔しているね。神さまのお恵みあるよ。

2019年3月17日日曜日

10人あまりの皆さんが教会とホームの見学にきた。トマも語った

早くから湯江教会・修道院にFAXが届いていた。長崎市カトリック中町教会の有志の皆さんから。「教会とホームの見学を希望している。可能ならば小崎登明修道士のお話をお願いしたい。滞在時間は9時から10時15分まで」。小崎と聞いて、「え?なんで?」と思った。10人余りの信徒の皆さんだったが、このように集団で当教会・ホームの見学は珍しい。1度、台湾人の巡礼団が来たことがあった。
★その日がやってきた。トマは修道服を着て待っていた。「これが便利です。すぐ分かるから」。いつも待機して待っている。これがトマの習慣だ。時間どうり、庭に車が3台止まった。降りてきた皆さん、ああ、やっぱり修道服がすぐ目にとまるわね。「あら、トウメイさん」「登明さん」の声が聞こえて、つい、こちらも笑顔で迎えた。知り合いの男性の顔もあり、「桃カステラ」を渡された。「ここが湯江教会です。こちらがホームの建物です」。湯江修道院の濱田神父さんも出迎えられた。「まず教会で祈りましょう」
★濱田神父さんが一応の説明をされる。教会に属する信徒の数や、ホームの人数、その中での信徒の数、入居者の半数がカトリック信徒になっている。
★皆さんの教会、中町教会は歴史も古く、原爆の被害に遇って、壁を残して壊滅した。トマはその姿を見て知っている。その後、立派な大きな教会が建てられた。湯江教会は素朴な雰囲気だが、毎日、ホームの信徒によって共同でロザリオや夕べの祈りを唱えている。皆さんも祈りを捧げた。「世界が平和であるように」「家族の愛で幸せになりますように」。皆さんの瞳は輝いていた。
★その後、ホームの見学に案内した。事務室、食堂など、ちょうど西山神父さんが車椅子を押す姿で、廊下で出会った。「パパさま、ヨハネ・パウロニ世を、ローマから日本へ連れて来られた神父さんです」。もう40年ほど前になる。皆さんは滝神父さんにもお会いして喜んでいた。滝神父さんは中町教会信徒とは縁があり、嬉しそうに声をかけた。
★教会に戻って、会議室で、トマは先ず「絵入り・言葉入りのカード」を渡した。皆さんは喜んで受け取ってくれる。それから話に入ったが、いまさら、「これです」と言える話は出てこない。これまで毎回、話してきた、自分では話易いことを語った。「生きるとは、孤独と出会い、愛といのち、これが人生」。それを頭では考えていた。ちょうど10時15分には終わった。
★皆さんは、これから小長井町のシスターの修道女院へ向かうという。空は晴れて、明るい日差しが春をつげていた。

2019年3月16日土曜日

新しいパソコンを購入した。新たな気持ちで発信する喜びあり

新しいパソコンをネットで購入した。これまでのパソコンは、古くなったせいか、時々電源が入らない。イライラしたり、自分のキゲンもあやふやになった。新しいパソコンは、古い使い慣れた同じ大きさの器具を求めた。
★91歳で毎日、日記を書く。めずらしいと言う人もいる。しかし楽しみでもある。生きるとは日々の「生活」であり、「人生」を築いていく。生活は、朝、何をして、夕方は、なにをした。つまり日頃の出来事である。人生は、その中で、「なぜ人は苦しむのか」「生きる意味は、あるのか」「自分に存在の価値はあるのか」「出会いとは何か」「人は死ねばどうなるのか」など、日課の中に含む疑いに問いかけ、生き方を見つけるのが「人生」である。さらに「信仰」も入ってくる。
★日記を書くのは、日頃の出来事を書くのもあるが、それだけでは足りない。満足しない。人生の疑問をチラ、ホラと考えるのが願いでもある。普通に考えるのではなく「信仰」が入ってくる。
★知人のお坊さんは教えてくれた。「宗教者としての信仰」と「生活者としての人間」、そこに一致があるか。隙間はないか、と。その問題も真面目に入ってくる。
★実際、「こう、あるべきだ」の信条と、「そうには、ならない弱い人間」の狭間(はざま)を感じる日々だ。そういうことが、我々には、あるじゃないですか。
★新しいパソコンを設定したり、思うように字が書けなかったり、昨日、今日は、職員さんの手を借りて、苦労した。新たな気持ちで、パソコンに取り組み、何らかの糧を発信できれば嬉しい。生き甲斐も、ある。これからも応援してください。

2019年3月15日金曜日

コルベ神父の展示パネルの開会式。創造する力は愛である

聖コルベ記念館のホールに、20枚の展示パネルが並べられていた。トマは萩原神父さんの運転で、浜田神父さんと3人で早めに会場に着いた。次々に、市内から県外から、ポーランド人の神父さんがやってくる。お互いに、にこやかに挨拶。民放テレビの人にも久しぶりに会った。ポーランド人のシスターも来ていた。市内に住んでいるのか、幼児を乗せた乳母車を引いた夫妻もいた。やがてポーランドの大使も見えた。トマは昨年の1月、勲章をもらったので挨拶をした。
★夕方、5時からセレモニーは始まった。修道院の神父や修道士も参列した。先ずポーランドから来た展示パネルの製作者が長々と挨拶(写真)した。彼と共に、ニエポカラヌフ修道院の出版部長の神父さんも同席した。山口院長神父さんの展示パネルの清めの祈りがあり、ポーランド大使の挨拶、長崎市長代理の挨拶、そしてポーランド広報文化センター長(女性)の話では、ポーランドと日本の交流の中で、「トマ・ブラザー」と名前が出たのには、びっくりした。(写真)右からセンター長、大使、トマ、製作者。一緒に写真が撮れて光栄です。
★パネル展示の中で思いついたのは、「様々な記念の年」に記載されていることだった。日本とポーランドの国交樹立100周年、聖コルベ生誕125周年、ポーランド独立100周年、聖母の騎士会創立100周年、コルベ神父日本宣教90周年などである。
★長崎の外国人といえば、グラバーさんや、シーボルト先生などが良く知られている。彼らは市民、庶民と交流し、文化の面でも大きな役割を果たした。コルベ神父は日本人神学生に哲学を教えたが、一般の庶民と文化的交流が殆どなかった。それで知られていない。しかし神父が日本に植えた種は大きく成長して、福祉の面で大樹となっている。もっと長崎市民に知られてほしいと思う。
★展示パネルの中に、次の文言を見つけた。「憎しみは創造する力にならない。創造の力は"愛”である」