2017年11月7日火曜日

「語らず聴きます」傾聴ボランチア女性。お疲れ様

月に1度、自室に来て、言葉のお相手をしてくださる。遠方から、バスを乗り継いで来られるので、大変です。自分からは語らず、意見をせず、ただ聴くだけ。辛抱もいるでしょう。こちらは何を語ろうか、考える。思ったことを、ポン、ポンと吐き出す。心の荷が軽くなり、自分のアタマの整理も出来ます。ありがたいことです。
★先ず①ホームの生活は、どうですか。②からだの調子は、どうですか。③何か、悩み事とか、心配事がありますか。④楽しみは何ですか。⑤生き甲斐はありますか。ホームに居ても、色々あるね。自分は、何が面白いのだろう。好奇心は、どこにあるのか、など考える。
★ステントの交換があった。これから老いていくと、交換の苦労はどうなるのか、先の事だが、心配になる。どこまで生かされるのか。ホームの規則に素直に従い、人と人との関係を大切にする。イザコザ起こさず、波風たてず、相手に気をくばる。あまり暗いことは思うまい。
★「ブログ、読んでいますよ」とボランチアの女性。「恥ずかしいな」と思いつつも、ブログ(日記)を書くのが楽しみです。「これ、書かないようになったら、トマは、ボケるよ」。そう言われているからね。1時間ほどで、女性は丁寧にお礼をして帰った。「こちらがお礼、しなければいけないのに」。写真、撮らせてね、と頼むと、あまり好まない表情だったが、応じてくれた。

2017年11月6日月曜日

李神父さまの韓国お母さん(ロザリオ・オモニ)来る

ホームの隣、湯江教会での写真です。左から、韓国・ソウルから李神父さまのお母さん。「ロザリオ・オモニ(母)」とトマ修道士は呼びます。いつもロザリオを唱えているから。次はトマ修道士。オモニには、韓国に2、3度行ったとき、お世話になっている。その隣は李神父さまの妹さん。日本の法政大学を卒業しているから、日本語は達者です。後ろと、妹さんの隣の2人は、お母さんの妹たち。日本は初めてなので、連れて来た。デジカメのシャッターを押したのは李神父さま。後で、李神父さまとお母さんの写真を1枚撮ればよかった、と後悔した。
★お母さんが、わざわざトマ修道士を心配して訪ねてくれた。李神父さまから聞いたことがある。「母の生活は、いつもロザリオ。外出の時も、バスの中でも、ロザリオを手に巻いて、車のハンドルを握る。夕食後は、母だけが、ゆっくりと2時間、3時間、お祈りをする」
★韓国ソウルの自宅の壁に、子供の頃から「フランシスコの平和の祈り」が掛けられていた。祈りの下に、「コンベンツアル会」の名が記されている。日本の明治大学を卒業した後、「母親は聖母マリアへの信心が深い。そこからマリア信心を大切にする修道会に入りたいと思った」。念願が叶って、一番喜んでくれたのは、母だった。トマ修道士が韓国へ行ったとき、お母さんは大事そうに、財布を開いて、無原罪の聖母の聖絵と、当時、神学生だった李さんの写真を見せてくれた。いつも祈っていたのだろう。息子のために。
★司祭になった李神父さまは、アシジの聖フランシスコ修道院で過ごした後、今は長崎・聖母の騎士の志願院に勤めている。韓国のオモニ(お母さん)は言う。「普通の神父ではなく、聖人の司祭になれ」
★お父さんはソウルで留守番をしている。李神学生が終生誓願をたてるとき、お父さん、お母さん、妹の3人揃って、聖コルベ館へ来た。「韓国では、長男が親を養うのが当たり前。ボクはそれが出来ない。残された親孝行は、母の望み通りの聖人の司祭になることです」。李神父さまは心の中で、そう思って祈っている。
★あまり時間が少ない面会だったが、韓国オモニは、ほほ笑みと、元気と、韓国饅頭のみやげを残して、惜しむ心でお別れした。

2017年11月5日日曜日

ブラジル宣教の松尾神父、来る。懐かしの、あの地

「やあ、久しぶり、神父さま」「3年ぶりだよ」。自室を訪問してくれた、ブラジル宣教師の松尾神父さま(写真・中央)です。右は案内の湯江修道院の院長・浜田神父さま。左は運転の長崎・聖母の騎士の川渕修道士さん。「ブラジルには思い出がありますよ」
★ずっと以前に、「日本26聖人」の映画を持って、松下修道士と2人で、ブラジルで上映会を開いた。移民の日本人や日系2世などのため、各地で上映して好評であった。お世話をしてくれたのが、松尾神父さまです。千六百Km離れた遠方から、24時間バスに揺られて、見に来た女性も居た。山脈で、老年の日本人司祭は巣箱にハチを飼い、「プロポリス」を生産していた。その司祭は、健在で、今もやっているという。
★その司祭と、若いシスターたちは、山あり谷ありの場所で、診療所や子供の家を建てて、病める者、貧困の子ども達の友となって奉仕の活動をつづけていた。小さな聖堂で、日本語のミサにあずかった。ふと祭壇の脇を見ると、ヒザの高さ程の木の板が立っていた。そこに刻まれた絵に目が釘付けになる。最初は、キリスト像に見えた。しかし、ジーッと見つめていると、それはキリストではなくて、人間の姿であり、私の姿であり、人間が十字架(苦しみ)を抱えている姿に見えた。
★人間は誰しも、このように苦しみを抱えながら、この世を生きている。何ぴとも、苦しみから逃れられない。そこに人間の、苦悩の問題がある。ブラジルには沢山の苦しみがあった。病気、貧困、孤児たち。とはいえブラジルを回って感じたことは、不思議と人間の肌の匂いに触れた思いだった。日本には物があり、豊かだが、無関心、無気力に落ちたかに見える。ブラジルには多くの悩みが有り、痛みがあるが、それらが激しくぶつかり合っている。日本人のシスターの言葉ある。「ブラジルの人たちは貧しいのに、こんなに皆が助け合う国民はないでしょう。自分は貧しいのに、何人の、他の子供の養育も、自分の家庭で行なっているのです」
★ブラジルの山奥で発見した「この絵」は、今も私の心の中に残っている。松尾神父さまに、この絵のことは話さなかった。彼は又、ブラジルに戻る。司祭になって以来、ブラジル宣教に人生を捧げてきた。その業績は尊い。もう老境に入っている。健康に気をつけて、がんばってください。

2017年11月4日土曜日

11月の誕生会。6人を祝う。職員の出し物は、何?

毎月初めの土曜日、誕生会。楽しみだね。職員さんの出し物がある。これは欠かすことの出来ない伝統だよ。
★今月お祝いする誕生日を持つ人は、6人居られた。
★山内園長神父さまの挨拶と、各1人、1人に、拍手の中で、「ハッピーバスデイ」を歌って、花束とお土産を頂く。笑顔があふれて、気持ちが、いいよ。心が乗ってくる。園長さまの先唱で、食前の祈りの「ァヴェ・マリア」。それから待ちに待った職員さんの出し物になる。
★「何の踊りですか?」「スイー、スイー、スイダラ節」「植木ヒトシの、あれですか?」「そう、そう」。音楽がなって、踊りながら、食堂へ入ってきた。この姿なら、盛り上がりますよ。一升ビンを持って、「ハイ、ナンとか、なるさ」。誰が、誰やら、ワカラン。看護師さん、調理師さん、支援員さんだった。皆さん、隠れた才能持っているよ。
★食事のメニュウーは、お赤飯、お刺身、ヒレ肉のソテー、てんぷら、酢味噌の和え、ジュース、どら焼でした。職員の皆さま、ご疲れさま。テキパキとお世話をしてくださった。食事の後は、歌自慢。やっぱり古い歌が多いね。肩の荷が降りたような、足の痛みも忘れたような楽しい一日でした。

2017年11月3日金曜日

町の文化祭。ホームからも出展。絵手紙に特別賞が


高来町の文化祭が今日から3日間行われる。会場は町の役場です。ホームからも、書道と絵手紙の作品を出展しました。ホームから20人近くの人が楽しみにして見物に行きました。瀧神父さまも行きました。会場の建物(支所)の巨大さに、先ずはビックリします。2階と3階に展示され、各グループや、個人の作品が色々な分野で展示されていす。
★去年は、私は書道で「特別奨励賞」を貰いましたが、今年は絵手紙が、同じ章に取り上げられました。ホームの入居者が描いたので、お情けの章と思っています。それでもホームの皆さんが喜んでくれました。「聖フランシスコ園」と書かれた書道の作品もあります。一緒に写真に撮りました。2階には、小・中学生の作品もあり、下の右側の絵は、中学生たちの絵の1部です。この絵を見て、最近の子どもは、絵の書き方もデザイン式になっているのだなァ、と思い写真に撮りました。
★ホームに戻って、昼食後、3階の部屋の仲間が集って、贈り物の冷やした大きな「メロン」を8つに分けて、章の祝いとして食べました。皆さんに喜んでもらうのが一番嬉しいです。今日は本当に好い日です。でも足が痛かった。

2017年11月2日木曜日

死者の日。故人のため祈る。神のイノチの中で生きる

山の修道女院の墓地です。ここには、ポーランド人の司祭、ミロハナ神父さま、サムエル神父さま、カシアノ修道士なども眠っている。私が知っているシスターも「神のイノチ」に入っている。今日は、死者のために祈る日です。
★私がホームに来てからも、ホームで、ポーランド人のローマン修道士(2014年。享年100歳)、五島・久賀島出身のフランシスコ中村修道士(2015年。享年93歳)、五島・水の浦出身のピオ中島神父さま(2016年。享年87歳)が亡くなった。ローマン修道士さんとは一緒にポーランドにコルベ神父のゆかりの地を巡礼したことがある。中村修道士はコルベ神父の時代に入会した人で、心優しい、愛の深い修道士だった。ピオ中島神父さまは、ボランチアの男性の介護で、毎日、車椅子で屋外を回りながら、恵まれていたのに、急に亡くなった。
★生かされているのが、感謝です。「亡くなった両親、兄弟、親族、恩人、煉獄の霊魂ののために、祈るように生かされている」。浦上の古老たちは、そう言いながらロザリオを熱心に祈っていた。死者の供養は、生きている者の勤めでしょう。
★あるシスターの話。亡くなる2週間前、がんの痛みで苦しんでいた。見舞いに来た人が、「苦しい時は、苦しいと言いなさい。ラクになりますから」。シスターは答えた、「ありがとう。どうしても天国へ行きたいから、ガマンします」

2017年11月1日水曜日

諸聖人の祭日。ホームの礼拝の日。幸せと平和を祈る

車椅子の大曾神父さまを押して、教会へ。大曾神父さまはお元気です。食事も全部、食べます。女性職員から大事にされて、見ているだけでも幸せです。もう90歳を越えられた。大曾神父さまのお顔は、本当にキレイで、安らかな表情をしておられます。
★月に1度、ホームには「礼拝の日」がある。今日が、その日でした。カトリックでないホームの人も山内園長神父さまのミサで祈ります。願う心は皆さん、一緒でしょう。カラダの痛みが良くなりますように。長生きできますように。「神さまから出て、神さまに帰る。神さまの永遠のイノチに入る」。それが信仰の基本でしょう。