2016年11月7日月曜日

空は晴れ、気持ちも晴れ、午前から2時まで、ドライブ

「なに、食べているんだ?」「うなぎ、です」「いい、なあ」
★椿原(施設の中の私立・小中)の学校時代の教師、藤下先生に、携帯で頼んだ。「どこか、連れて行って下さい」「いい、ですよ。トマさんの行きたいところ、たまには外に出ましょう」
★藤下先生は、学校を定年退職して、6年ほどになる。奥さんを病で亡くして、今は犬の散歩を楽しんでいる。
★「まず、シスターの墓参りに行きましょう」と呼びかけたのは、先生だった。「そうだ、ね。そう言えば、命日は、10月19日だった。もう、過ぎてしまったよ」。忘れていて、ごめんね。先ず、いつも買っている100円ショップで、造花を買い揃えた。何度、こうして造花を買ったことか。他にも、ラジオや、時計、懐中電灯などの電池を買い求めた。
★山のシスターの修道院へ向かう。先生の同級生がシスターになっている。「ちょっと、寄りたい」。シスターと玄関で、お互い、笑い合う。それから墓地へ下った。お世話になったシスターだが、もう遠い人になってしまった感がする。調べて見ると、48年が経っている。
★墓地から一気に、町の諫早へ走りました。先生自慢の車だが、最近、運転を間違って、バスに衝突したそうだ。書店へ寄った。ずらりと並んだ本を見るのも久しぶりだった。2冊の本を即座に求めた。
★昼食に行ったのが、うなぎ屋・専門の「福田屋」です。文久三年の創業、と箸の紙にかいてあった。「文久三年って、何年ですか」。支払いのときに聞いた。「1863年」と聞こえたようだった。確かに、福田屋のウナギは、おいしい。ここは、ウナギ料理だけしか、ない。タレをかけるサジまで付いている。
★帰りに、写真屋へ寄って、デジカメの写真を皆、紙焼きに申し込んだ。300枚ほどあったから、1時間20分はかかるという。「では、2日後、ここを通るので、そのとき貰います」
★こうして今日を終わったが、ロザリオには間に合った。「気力」「気力を出そう」の一日でした。

2016年11月6日日曜日

章はもらったが、小さな記念品もほしかった。ザンネン

高来町には、住民・約一万人が住んでいるそうです。明治か、大正か、むかし、著名な書道家が出たそうで、小・中学生から書道が盛んな土地柄です。
★ホームでも、毎月、先生が来られて、書道を習わしてくださる。「文化祭があるから、出しましょうね」「ハイ、ハイ」。軽い気持ちで書きました。もともと書道は修めたことがないから自信はない。だが字を書くのは好きです。「聖フランシスコ園・出展」の壁のコーナーに、ホームの何人かが書いた字が飾られていた。
★「先客万来」が特別奨励賞になったから、表彰式にお出くださいと、ハガキが来た。「そんな、わたしなんか・・・人に見せるような字は書いていないのに」と思いつつも、ハガキを持って、式には参加しました。男性職員さんに、特別に、私一人だけを会場の町の会館に連れて行ってもらった。
★文化祭だから、書道、絵画、写真、工作、生け花など、小・中学生から、施設、クラブ、他方面からの作品が展示されている。各部門の章もあり、皆で、14,5人は居たであろう。
★確かに、土地柄の歴史があって、すばらしい書道作品への表彰があり、最後に金賞を受けた若い女性が感謝の言葉を述べたが、「何年も、指導を受けて、書きました」と書に打ち込む意気込みを披露していた。それを聞いて、まこと恥ずかしくなった次第です。
★金賞、文化賞など、トロフィー、記念品が幾つも用意されていたが、特別奨励章は、紙一枚の賞状だけでした。高来町の、この辺は、湯江という地名ですが、水がきれいで、江戸時代から紙すき工房が多数あったところです。いまでも工房は残っている。その自慢の紙すきの紙をありがたく頂いたわけです。折角ならば、小さくても、いいから、記念品がほしかった。
★まあ、普通に、ホームで書道をつづけようと思います。

2016年11月5日土曜日

誕生会。楽しみしている踊り。今月は何だろう?

毎月、初・土曜日の昼食に、皆さんが集って、その月に生まれた人たちの「誕生会」を祝います。11月は、5人が居られた。
★やっぱり、誕生日がきて、「おめでとう」と声をかけられると、うれしいですよ。園長さんの挨拶、1人、1人に、「ハッピーバスデイ」をみんなで拍手しながら歌い、園長さんがお祝いを持って行く。
★食事が始まったところで、出番が、職員さん、3人組の出し物、踊りです。舞台で踊るのは、いい写真が撮れないので、出番前に撮るわけです。海賊スタイルの3人さん。「ひょっこり・ひょうたん・じま」を踊りました。
★介護や調理のお仕事が多忙なのに、ご苦労な奉仕です。これも皆さんを喜ばせようと務めている次第です。1年間、3人組みは予定が決まっているそうです。1年では、3カケ12の、36人も居るんですよ。これは大変ですよ。出し物の内容にもアタマをひねりますしね。海賊が似合いそうな、粋なお兄さん、優しいお姉さんもおります。
★介護のお仕事は、やっぱり若いチカラでないと、足腰を痛めますね。お疲れさまです。介護のお仕事は本当に大変だと思います。お仕事のご苦労に似合った報酬が与えられますように、願います。
★私たちは、月ごとに、年ごとに、ますます老いを感じて、体力も弱ってきます。理論じゃないんです、現実ですね。
★それでも希望を持って生きよう、と皆で励ましあい、助け合っています。

2016年11月4日金曜日

痛くても、生きれば、いいことも、あるさ。エーィ、入賞

「登明」の印鑑が押してあるから、2年前に、長崎の聖コルベ館に居た頃に書いたものです。あの頃から、痛(イターイッ)ところがあったんですね。ガンにも罹ったし、病院に入院したり、尿が出なくなったり、いろいろ有りました。
★「それでも、生きる」。やっぱり生きている。けど・・・、痛みは別の場所にあります。昔は、歳をとった老人は、ノンキで、いいなと思っていたが、88にもなると、いや、いや、カラダのあち、こちが、痛いです。「生きているから、それでも生きる」
★いま、聖コルベ館に、多くの修学旅行生たちが見学にきている。以前は、わたしが彼らを迎えて、教会で、お話をして、案内のお世話をしていた。気持ちが、ムラ、ムラと、湧いてきたよ。今年、一回だけ、修学旅行生への語り部を勤めたい。「まだ、やれるぞと、自信を持ちたい」。そんな気になって、担当の松下修道士さんへ携帯をかけてみました。
★月に一度、ホームに書道の先生が来て、書き方の練習をさせてもらっている。わたしは書道は、習った体験がない。自我流です。書くのは好きだから、のびのびと書かせてもらっている。先生が言った。「町の文化祭があるから、書道の作品を出しましょう」。いつ書いた字か知りませんけど、町の文化協会から、「優秀と認められ、入賞しました。下記により、日曜日に表彰式を行ないます」と、ハガキが届いた。あした、ホームから文化祭の見学に行くそうです。先生が、どの字を出されたのか、見に行ってきます。

2016年11月3日木曜日

聖母の騎士のルルドのお水。マリアさまのお恵みがある

長崎の聖母の騎士の「ルルドのお水」です。修道院の炊事場の所まで、お水を引いてきました。ロザリオ祭りに行ったときに写しました。
★聖母の騎士のルルドへ登るには、ロザリオの玄義がある坂道を登るでしょう。急な坂道です。最近は、お年寄りが増えて、坂道を登るのが大変になりました。コルベ神父さまが創ったルルドですから、大切にしています。お参りすると、お水を飲みます。でも、ポリタンクにお水を入れて、持ち帰るのは困難な作業です。それでも、お水を汲みに、長崎市内から、近郊から、他県からも、毎月のように来る人がいます。特に湯江修道院では、愛飲しています。
★お水は、これまで、どんな渇水期でも、枯れることなく、流れつづけています。水質検査をすると、純粋の水なので、汚れることもない。喜んで、汲みに来ています。ホームでも、ルルドのお水しか飲まないという人もいます。
★炊事場の所まで、お水を引いて来ましたから、車で乗り付けて、お水を沢山汲んで、運ぶことも出来るようになりました。
★長崎へ来て、聖母の騎士のルルドのお水を思い出したら、車で、汲みに着て下さい。ルルドの聖母マリアさまのお恵みがあります。コルベ神父さまの取次ぎを願いながら、いただきましょう。
★きょう、長崎から、白浜さんが来て、「あれ、きょうは?」「お休みです」。文化の日でした。ルルドのお水を、小さいペットポトルに、10本持ってきた。

2016年11月2日水曜日

死者の日。ホームの故人のため祈りました。安らかに

ホームの隣の修道院の庭から見下ろした、ホームで亡くなった人たちの、故人、故人のお墓です。左側にも、十字架はつながっています。
★きょうは、教会では、死者のために祈る日です。午前中、ホームの人たちは、教会に集って、この一年、ホームで亡くなった人たちのためにミサで祈りました。いつかは誰にでも死はやってくるのでしょう。ただ誰でも遠いことだと考えています。
★「死ぬこと」は、大仕事だと思います。
★死者のミサの前に、入浴しました。入江さんと、キリエさんと三人いっしょでした。湯から上がった入江さんと、キリエさんが、二人して背中に寄ってきて、「あれ、だれが・・・」と思ったら、キリエさんに先をこされて、入江さんは自分の洗い場へ歩を進めました。三人いっしょに着替えてから、「ありがとう。これからも、よろしく。いい湯でした」と大きな声で言って散りました。
★午後から、一人の男性が来て、トリの首が曲がったような楽器を吹いて、石原裕次郎や、「長崎は今日も雨だった」など、拍手と、歌で、皆さんは楽しみました。「ジンセイ、いろいろ」「男も、いろいろ」「オンナも、いろいろ」では、けっこう、みんなが歌っていた。生きている者には、ホームに居ても、いろいろ有るんだなと、実感します。

2016年11月1日火曜日

諸聖人の祭日。聖人たちに、つながって、倣い、祈る

湯江教会の祭壇の生け花です。
★教会では、きょうは、ミサ、教会の祈りで、「諸聖人の祭日」をお祝いしました。しかし残念、歌ミサでは、なかった。
★教会には、知られざる沢山の聖人が居られますが、それらの聖人たちを一緒に、きょう、お祝いします。
★ミサの本の解説には、4世紀から、殉教者を、また、7,8世紀から諸聖人のお祝がなされていた、とあった。諸聖人に対する信心は、中世期、日本でも広まっていました。
★長崎の聖母の騎士を下った近くに、春徳寺(しゅん・とく・じ)があります。もともと、ここは、「トードス・オス・サントス」と呼ばれていた著名な諸聖人の教会でした。1569年に創られ、1614年の迫害まで栄えていました。コレジオ、セミナリオがあった。高山右近は、ここに寄って、マニラへ渡った。
★長崎では、この祭日を特別な気持ちで迎えます。ホームの信徒たちも、昨日は、告白をして心の準備をしました。
★女性たちの中から、こんな声も聞こえていた。「歌も、うたわん、さびしかね。忘れられん、五島に居たときが・・・ざまな、こと、歌いよったよ」「まえは、ホームでも、ゲンキな人が多かったけん、歌いよったよ」。それは、根付いた信心の嘆きの声でした。
★お祝いの意味で、昼食は、五目散らし寿司、てんぷら、すまし汁、みかん、があった。お年寄りたちは、散らし寿司を喜んで食べていました。
★昼食の後、入江さんと、大曾神父さまのお部屋へ行った。ベッドに休んでおられた。お元気にしておられます。「どう、入江さん、サカナ、釣れた?」「こんげん、おおきな、タイの、釣れました」