2020年4月4日土曜日

4月の誕生会。職員さんの「出し物」に、心は、ワク、ワク

毎月の初めての土曜日は「誕生会」。これが楽しみだね。
★4月の生まれは、多かった。16人も居た。壁に、大きく、ズラッと名前が貼り出される。名前は、写真には写せない。大正うまれも、2人居た。
★誕生会といえば、恒例の職員の出し物だね。「そんな、カッコウして、なんば、すっと?」。どこの国か知らないけど、お金持ち(金髪の男性)が、両脇の女性、2人のうち、どちらを嫁にするかの問題です。シマの入った女性は、解説者だね。
★物語の内容は、こうだ。女性の1人は、料理はウマイが、掃除や片付けものがヘタ。他の女性は、反対に、料理がヘタで、片付けもの、整頓はウマイ。「どちらを、えらぶか、きめろ」と言う事なんです。「料理は、ウマイ。なにが食べたいの?」「タマゴ焼き」の声。「じゃあ、どちらを、えらぶ?」「ジャンケンで、きめろ」
★職員さんも、毎回、毎度、経験もあり、まるで役者だよ。「結末は、どうなったか?」って、わからんね。
★ワイ、ワイ、ガヤ、ガヤするうちに、笑いと拍手のうちに出て行った。
★食堂の雰囲気は、こんな風(ふう)です。皆さん、出し物の方を見ているので、顔は分からない。この後、お刺身や、赤飯や、お祝いの料理が出るのです。1つ、歳を重ねる。長生きは、神さまのお恵みだよ。
★食事の後は、歌だね。大正うまれの女性の「花も嵐も」は、良かったね。聞いていると、ああ、この女性の若い頃は、美人で、踊りながら、美声で魅了したな、と分かるよ。老人の歌で、老人が慰められる。いいモンだね。瀧神父さんも歌った。「春が、きた」「浦島太郎」。だが、「た」を抜いて歌う。そこがミソだね。チョットしたアイデアが、身近な歌で、皆さんの心を沸かせて、笑いをとる。
★きょうは楽しい、愉快な、職員さんには感謝の一日でした。いま、ホームは静かで、庭には、サン、サンと陽の光が大地を温かくしている。

2020年4月3日金曜日

クチには、フタを。フトコロには、温かいカイロを、行け

ホームは、カトリック色が強い。職員の体制から、ウン十年勤務の事務長さん、栄養師さん、看護師さんなど、カトリック。入居者には、神父さん、トマさんも居る。
★入居者には、長崎や五島の出身も数十人、居る。会話の端々に、教会の思い出がでる。トマは、最初は「お父さん」と呼ばれていた。最近は「修道士さん」。エレベーターでも「修道士さんが居るから、安心や」
★庭のマリアさまのご像のまわりに、細い池がある。コイが泳いでいる。90半ばの五島の女性が、エサを与えて、守っている。この鯉を狙って、足の長い鳥がやってくる。
★修道士は、ブレては、いけない。信じ、希望し、愛して生きよ。「ふところ」には、温かい「カイロ」がある。修道士の発する言葉の一言が、パアーッと広がって、皆さんにエイキョウを与えてしまう。クチには、フタを。心して、注意している。
★五島のバァちゃんば、みて、みろ。そりゃ、まっすぐに、信じて、いるバイ。悪さは、イカン。ぬすみは、ダメばい。腰をまげて、押し車をおして、おみどう(教会)へ。
★修道士が、迷ってどうするか。これが我が道。「重荷を負う者よ、我に来たれ」。声が聞こえる。
★老いも、病いも、オナカの中のステントも、それを背負って、主のあとに付いていく。トボ、トボと、足跡を残していく。それで、いいのだ。心配するな。安らかに、行け、と声が聞こえる。この美しい花壇も、カトリックの男性が一人で育てた。

2020年4月2日木曜日

ホーム「聖フランシスコ園」のサクラが咲いた。幸せを、満喫

ホーム「聖フランシスコ園」の今日のサクラです。見事に咲きました。
★ああ、やっぱり春だ。春が来たよ。昼食を終わって、食堂から、靴に履き替えて、そのまま庭に出ました。
★生きているのを感じます。92と言えば、長い人生だったね。アシジの聖フランシスコのご像。自分も弟子として、修道士の道を選んで、幸せだったと感謝します。何にも心配はない。ホームで暮らして、こんなに恵まれた生活って、ありますか。
★通りがかり人に、写真を撮ってもらった。いい顔、しているでしょう。
★歳を取ったら、老後は、修道士が一番の幸せ者ですよ。そりゃ、若い頃は、迷いや、悩みや、欲があった。家族愛の犠牲だからね。恋だの、愛だの、ダメよ。禁欲的な面があった。だが、内には燃えて、進めるモノもあったのです。
★それを乗り越えると、緑の平野だよ。幸せの風が吹いてくるんだな。物や、家や、衣服や、沢山、持たない。それが身軽で幸いなんだ。結局、生まれたのも裸(はだか)。死ぬ時も、何も持たない。
★サクラは樹木だから、何百年も花が咲く。人間は生物だが、寿命がある。生かされている間は、せい一杯、生きよう。生きてきた証(あかし)をたてる。消えてしまえば、誰も覚えない。それで、いいのです。
★「いのちは、神さまのことです。生かされて、今日も、祈る。それが心境です」

2020年4月1日水曜日

見事な「大山教会のサクラ」。毎年、巡礼して、弁当を食べたよ

サクラが満開の季節になりましたね。リッパな「サクラ」でしょう。長崎市大山教会のサクラです。ホームに入る前、毎年、聖母の騎士から、この教会へ巡礼へ行きました。6,7年前の写真です。
★人物をよく見ると、前の列、左から松下修道士さん、トマ小崎修道士、瀧神父さん、大山教会主任の三村神父さんが居る。後ろの列、左から谷村神父さん、峯勇太郎神学生、中央にはアメリカ人のビンセント神父さんも居る。マリアさまの白いご像、わかりますか。この場所で、ビニール・シートを広げて、コンビニ弁当を食べるのが常でした。楽しい思い出です。写真を見つけたので、載せました。
★「大山教会は、どこにある」か?、って。道が分かりにくい。車の運転に自信がある人で、大山教会のサクラに行き当たった者には「技能賞」を与えますよ。
★➀竹の子の産地で、旬の時期には必ず食べた。②大山町には数十所帯が暮らしているが、皆、カトリック。③その所帯の殆どが「大山」姓。④裏手の墓地からの眺めがすばらしい。遠く長崎の山々、浦上や外海、五島灘が開けて見える。
★この写真を写した頃には、教会の近くにシスターの修道院があった。そのシスターが言ったよ。「ここから、テンゴクは、近いのよ」

2020年3月31日火曜日

遺族は言った。聖フランシスコ園に居たから100歳まで生きた

きょう、午後から、ホームで生活する女性の葬儀と、告別式が行なわれ、皆さんとお別れをつげた。
★2月の誕生会のとき、100歳を迎えた女性だった。その時はお元気で、食堂にて、「ハッピバスデイ」のお祝いを受けた。ホームで生活すること、18年。遺族は、式の終わりに、「聖フランシスコ園でお世話になったので、100歳まで生きました」と深くお礼をした。
★ホームの人を見送るとき、やはり厳粛な気持ちになる。人の最後は、「『いのち』と『愛』で終わる」と思う。やはり大切なのは『いのち』です。その『いのち』は、愛から生まれる。その背後に、神さまの大きな『愛』と『いのち』を感じる。洗礼名は「マリア・マグダレナ」。神さまの元へ帰って逝った。誰もが辿る、この道です。
★100年前の時代と、今の時代。どれほど変わったであろう。「そろばん」からスマホへ。世の中は全く変わる。
★しかし変わらないモノがある。きょうは、その不変な存在をよみがえらせてくれた。神さまが待っていてくださる。この世で、イエスと共に生きて来ました。希望がある。『いのち』と、愛を、もっと大切にしよう。最後に残るのは、この『2つ』だけです。

2020年3月30日月曜日

なつかしい場所から、むかしを眺める。こんな時代もあったな

むかしの写真です。昭和30年頃ですかね。だから65年程前になります。山の上から、子供たちと、海側を見ている。あの頃の、トマです。痩せて、病み上がりでした。何とか、ゲンキを取り戻し、子供たちに「算数」を教えていた。九九算ですよ。「2にんが4」「4,5、20」。これが子供たちは、ニガテでね。スマホは無いし、みな、貧しかった。食べるのが、精いっぱいの時代。子供たちが懐かしい。
★この間、山田先生から、騎士園へ連れて行ってもらった。だいたい、この辺りが同じ場所です。教会と修道院は変わらないが、施設の建物は右手に見えなくなり、遠くの海も、木々が成長して見えなくなった。だが、吹いてくる風の感じは同じだった。あの子供たちは、どのように成長したのだろうか。65年だからね。もう75歳前後になっているだろう。
★年月も、そうだが、人の成長、人生って、ふしぎの連続だと思うよ。トマも、変わったしね。生きているのが、ありがたい。あの頃の子供は「オレが、生きるぞ」と自己主張の思いが強かった。親も、居ない。兄弟も、居ない。居るのは、自分だけだ。「負けて、たまるか」。『我』が強い子供たちばかりだった。泣く顔、笑う顔。「算数、覚えろ」。困った顔。人の顔のシワは、年輪を重ねた貴重なスジだと思う。
★主よ、きょうも、いちにち、ぶじに、すごさせてくださったことを、かんしゃいたします。名前も忘れたが、あの子供たちに幸せがありますように。

2020年3月29日日曜日

3月、最後の日曜日。コロナで揺れる世の中。ミサで祈る

朝の太陽があたるホームのベランダ。トマの自室からの眺め。静かで、平和な暮らしが、そこには、ある。
★いま、世界は、新型コロナウイルスで揺れている。今朝のミサで、「祈りましょう」と司祭の意向があった。
★ホームでも、職員さんから、「外出を控えるように」とお達しが出た。ホームで、発生すると大変なことになる。ホームに、ジーッとして居れば、安心感はある。
★男子職員さんが、自室の掃除をしてくれる。丹念に、掃除機をかけ、モップで拭い、ゴザの上を拭いてくれる。結構、ゴミが床にたまるのです。ありがたい。
★毎日のミサ、祈りは、朝の6時から、教会で、ホームの人たちだけで、普通に祈りが捧げられている。きょうは、あの「精製水」を送ってくれた女性の洗礼の記念日だった。「精製水」は、職員さんと相談して、ネットで注文した。
★昼寝の後で、縫物をした。ちゃんと、立派な「裁縫箱」を持っております。修道士は、独り身だからね。少々の「つくろい」は致します。甘えては、おれません。ただ最近は、針に、糸が通せなくなって、困る。針の穴が見えにくい。それでも下着や、シャツの「つくろい」をした。
★やっぱり「ヤル気」だよ。老いても、失うな。ヤル気。ホン気。まっすぐ、前を見て、歩こうよ。ヤル気を燃やすのは、生きて、感謝の気持ちだよ。