2017年11月30日木曜日

ホームの外で楽しんだ。永井博士の心の歌に感動

昨日のホームの「日帰りドライブ」には、全員で18人が参加した。その中には、①園長神父さま、②バスの免許取り立てての男子職員さん、運転の担当。③バスの免許を持っている男子事務長さん、④女性の職員さん、⑤ボランチアの明子さんも入っている。お世話になりました。お陰で、車を押す女性2人も参加が出来て大層喜びました。
★最初、バスがホームを発車した時、園長神父さまの先唱で安全のためお祈りを捧げた。次に事務長さんが「今日の旅には、神父さまも2人、修道士さんも居られる」と一声あった。トマは思ったね。修道士さん、なんて、公に言われたのは初めてだよ。信者でも、トマには「お父さん」とか「オンちゃん」とか呼びかける。ホームに入って、長崎で、だよ。こう言われるのは、何やら抵抗を感じる。修道士さんと認められれば、気持ちは、いいね。気分はチト快調になる。
★ホームから離れて、皆さんも、にこやかな顔になり、楽しさ一杯を運んだバスは走りつづけた。女性の職員さんが「飴の入った小袋」を配る。バス内は静かな音楽が流れていた。トマは多くの巡礼者をお連れして、バスで長崎県内を周ったオラショの旅を思い出していた。あの頃は、よくぞ頑張って、解説もしたものだ。いい思い出です。
★雲仙岳の噴火は1990年に起こった。この時、初めて火砕流の恐ろしさを知った。あの煙のような熱風はテレビで見て、今も脳裏に残ったいる。しかし200年前の1792年にも実は島原に噴火があった。「がまだすドーム」資料館に最初に寄りました。勉強にもなります。
★それから雲仙に登る。憩いの宿「青雲荘」での「くつろぎ」楽しみは心を和ませます。カラオケで盛り上がり、音頭を取るのは園長神父さまで、神父さま自身もカラオケを熱唱しました。
★トマは、「古城」「長崎の鐘」を歌った。長崎の鐘の後で、滝神父さまが、マイクを持って、音楽ナシで「これは永井博士が2人の子どもさん、誠一(まこと)とカヤノさんに伝えたかった歌」と紹介して、歌い始めた。これが、前の歌のつながりで、モテましたね。いい歌でした。文句は次の通りです。
★(1)広い野原で何さがす、/いつか、なくした首飾り、/いえ、いえ、四葉のクローバを、/誰かにあげようと、さがしている。/あー、あー、その心を忘れずに。(2)いとし、両手で、なに祈る、/明日の幸せなれの夢、/いえ、いえ、つぼみの白バラが、/開けよ、咲けよと、ただ祈る、/あー、あー、その心を忘れずに。(3)小さき、お耳は何を聞く、/父の足音、母の声、/いえ、いえ、鐘の音(ね)、アンゼラス、/溢れる喜び、アヴェ・マリア、/あー、あー、その心を忘れずに。
★感動しました。拍手しました。よくぞ、こんな歌を覚えていたモンですと、感心もしました。音符は、ない。滝神父さまのアタマの中に音符がある。エライもんだと思いました。永井先生に就いては、大抵は知っているトマも、これは知らなかった。ビックリもしました。今度の「ドライブ」の収穫でした。
★今日から、12月7日まで、無原罪の聖母マリアの祭日前の9日間の祈りが始まりました。ホームでは、朝、ミサ後に唱えています。これは聖コルベの作った祈りです。念のため、祈りを載せました。お祈り下されば幸いです。

2017年11月29日水曜日

日帰りドライブ、楽しさと喜び。紅葉の美しさに感動


朝食は8時15分からです。日帰りドライブは9時出発です。あわただしい朝でした。島原から雲仙へ。小地獄の「青雲荘」に着いたのは11時30分でした。昼食、温泉、カラオケで盛り上がり、出発は午後2時30分でした。ホーム着は4時30分です。自室へ入ると、すぐ教会の祈りを唱えました。5時15分から夕食です。何が言いたいのかというと、時間が遅くなったことです。手を洗って、歯を磨いて、顔を洗って、ホットしたところでパソコンに向かっています。一番印象に残ったのは、車窓から見る秋の終わりの景色、紅葉の美しさでした。内容については、また明日でも記しましょう。楽しい、満足した一日でした。

2017年11月28日火曜日

生きているから、花も咲く。ホームも色々行事あり

ホームの隣、湯江教会の祭壇の生け花です。毎日、この教会で、早朝は、教会の祈りとミサ、午後3時15分からロザリオと夕べの祈りを共同で捧げています。祈れることは幸せです。「生きているからこそ、花も咲く」。そんな言葉もボンヤリと考えました。最近の気持ちは、どうですか?
★人生には思いがけない苦しみ、困難が来ることがあるんですね。それでも生きなければ、ならぬ。十字架を背負わなければ、ならない。神はそれを望まれる。ツライですよ。でも受けて立つ。最後まで背筋を真っ直ぐにして生きたいと思いますよ。
★金祝のお祝いの時に、お会いした五島・福江のスエミさんから「ふくれ・まんじゅう」を送りますからね」と声をかけられた。ありがたいことです。オラショの旅で、五島を巡礼した時、いつも「ふくれ・まんじゅう」の贈り物を頂きました。食べて、ゲンキが出て、笑いがバスの中で起こったものです。懐かしい思い出の「まんじゅう」です。ホームの栄養師さんに「ふかして」もらって分けて食べました。
★今日は、午後から車で20分ほどの歯科医院へ歯の治療に出かけます。台に上って治療に1時間はかかります。帰って来るのは4時前でしょう。
★明日は、ホームから「日帰りドライブ」に出かけます。9時出発だそうです。帰りは遅いでしょう。行先は雲仙の「青雲荘」です。残念ながら紅葉はもう過ぎたでしょう。豪華な昼食や、温泉、カラオケなどが楽しめるでしょう。ホームに居ても、結構、動き周る行事があります。「ホームにお世話になるなら、ゲンキなうちに入りなさい。生活に慣れる経験も必要です」と勧めます。

2017年11月27日月曜日

今年も歌って聞かせてくれた。東長崎教会の皆さん


ホームに来る慰問は、多々あるわけでは、ありません。年末が近づくと、毎年、来て下さるのが、このメンバーです。各個人の車に便乗して、約1時間はかかるでしょう。東長崎のカトリック教会の聖歌隊の皆さんです。聖歌はもちろん、「長崎の鐘」や、その他、懐かしい思い出の歌など、1時間ほど歌って慰めてくれました。善意が通じて、胸が篤くなります。激しい踊りの「ソーラン節」もありました。小学生、中学生が踊っていた。ゲンキやなァ。カッパツやなァ。子ども達が作った「クイズ」もあった。ちゃんと絵も準備していた。今年も歌声ありがとう。楽しい交流のひと時を過ごしました。楽しみにしております。

2017年11月26日日曜日

久義さんのファイルの行方は、どこだ?心配したよ

茨城の久義さんから、ホームにリンゴ2箱が届いた。「金祝のお祝いに参加したい。お土産を持って来ないから、リンゴを先に送ります。大曾神父さま、西山神父さま、村山修道士さん、トマさんで分けて食べて下さい」。トマは10個取って、後は3人で分けた。蜜が入った美味しいリンゴだった。自室の周辺の信者女性たちと食べた。
★久義さんとは、ご縁がある。彼が聖母の騎士園から、学園(小神学校)に入学する時、中学生の彼に「ラテン語」を教えた。当時のトマの日記手帳に記してある。1954年(昭和29年)2月20日「夕食後、久義にラテン語を教える。第1活用、第1変化、第2変化、来週は形容詞に入る」。2月28日「明日から代名詞に入る」。3月4日「神父さま、修道士、トマ、久義を呼んで茶話会」。3月27日「久義のラテン語、第5変化」。4月9日「久義、他2人の入学者も居た。神父さまと送別会。久義は小神学校へ行った」。「久義に冗談を言った。『ラテン語5の成績でないと帰ってくるなよ』。今となっては、日記の記事も懐かしい。
★金祝の当日、教会の中で、今からミサが始まろうとする時、久義さんがトマの席の横に来て、声かけた。「誰だ?あなたは?」「久義だよ」「ええ?変ったな。社長サンの如くある」。すると久義さんは、ファイルに収まった手紙のコピーを渡した。「この手紙で、人生、力づけられた」と言って、彼は少し涙ぐんだ。パラ、パラとめくれば、小神学校へ移った年の久義宛のトマから手紙だった。いま残念に思う。あの時、久義さんを写真に撮ればよかった。ミサが終わり、記念のパーティとなる。大勢の人数で、久義さんと話す機会を失った。
★パーティでは、トマは枝美子さん(竹内管区長神父さまのお母さん)の隣に座って、食べ、話し、すっかり好い気分になった。久義さんのファイルは、イスの下、床に立てて置いた。用件があって、席を外して、そのことでファイルの存在を忘れてしまった。帰りの車に乗って思いだす。高原修道士さんに頼んで会場を探してもらった。「ない、よ」の返事。がっかりしてホームに帰った次第です。
★その夜、枝美子さんから携帯に声が入った。「トマさん、大事な物、わたしが持っているからね。ハハハ(の笑い声)」。ああ、有ったのだ。安心して眠れた。翌日、ファイルは届いた。改めて、当時、自分が書いた手紙に遭遇したわけだ。久義が小神学校に入った年に4通。3年後の1957年の手紙が1通。年代の記載はないが、退会して、結婚する話があった頃の手紙が、2通あった。「秋になると、結婚式ですね」。そして長い年月が経過した。昨年か、結婚50周年の金祝を迎えた、と通知があった。こうした一連の流れを考えると、ジンセイって本当に長く、様々な出来事、出会いが起こるんだね、そう、しみじみ思います。久義さん、君の写真をも撮らなかったのが、残念だよ。この日記に載せたかったのに。リンゴでガマンするしかないよ。
★ファイルには、彼が入学する前にトマが書いたラテン語の手紙が残っていた。「いま読んで意味が分かりません」

2017年11月25日土曜日

「トマさんのことば」の2人に出会った。沖縄の司祭

金祝の日に、久しぶりに野々村哲さん、塩沢美樹さんに出会った。「トマさんのことば」の編集者です。今は、トマが撮った「昭和の修道士たちの写真集」をまとめて下さっている。白黒の写真で、下地になる写真を見せてくれた。ゼノ修道士、セルギウス修道士、カシアノ修道士など、ポーランド人の修道士、それに日本人修道士たちの生活写真、ポーランド・ニエポカラヌフ修道院の修道士たち、などなど、1970年代の写真で、懐かしい写真があります。「眠らせるのは、もったいない」意向で、取り組んでいる。どういう写真集が出来るか、これも楽しみにしています。期待しています。
★写真に収まっている、左から2人目は、稲国安彦神父さまです。沖縄の教会で司牧・宣教に活躍している。トマが小神学校(中・高校)のときの同級生です。9人居た同級生は、今、修道会に残るのは私たち2人になった。9人の内、3人が司祭になった。病気で既に帰天した。終戦直後のクラスだから、もう古い仲間です。稲国神父さまは、元気で、ゴルフもプレーしている。彼にも久しぶりに出会った。旧交を温めたというところです。
★ホームで今日は、火災非難訓練があった。老人にとって火事は恐ろしい。夜間の火事ともなれば、どいう状況になるか、考えただけでも暗い気持ちになる。だから皆、真剣に応じた。
★12月11日、月曜日。午後6時から、長崎のカトリック・センターで、コルベ神父の映画「二つの冠」が上映されるが、これは無料だが、要入場整理券で、教区本部(電話095-842-4450)に電話をして下さい、ということです。

2017年11月24日金曜日

ルーマニアとニッポン。2人揃って似合いの兄弟だよ

いつも出会ったら揃って写真に撮る2人です。名前は、ペトロ・イシトク神父さん。そう、もう何年になるかなァ。ルーマニアから「チビ」の神父がやってきた。2人揃って写真に撮ったとき、あまりにも格好が似ているので、高感度だったよ。
★「ニッポン、好き、好き」。長崎の聖コルベ館で2人は仲良くなった。見てください。いつになっても2人は、似たり、よったり、でしょう。優しいペトロ神父さんの動作・仕草が気に入った。
★この写真を見て、「チョッと、待てよ。ペトロよ、君は日本へ来て、ボクより小さくなったんじゃないか。たくさん食べているか。牛丼、食べて大きくなれよ」
★思えば、ボクの願いは、ペトロ神父と一緒にルーマニアへ行くことだった。本当だよ。マジメに考えていた。ルーマニアを2人で手をつないで教会を巡礼したかった。とうとう、その願いが叶わなかった。思い返せば悲しいよ。ルーマニアはカトリックの大きな教会があると聞いている。今度の金祝で、2人は出会った。今度は会っても、あまり詳しくは話さない。握手するだけで、心は通じるサ。東京の赤羽教会で、ミサ、お説教で、頑張っているのを聞いている。ホームにも、ゆっくり来て欲しかったよ。トマの狭い自室には、ペトロ神父さんがルーマニアから持ってきた織物のオミヤゲが飾ってある。赤色が部屋を引き立てているよ。これは離さないからね。ペトロ神父よ、兄弟よ、長崎のトマを忘れなさんな。